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ナターリャ・サフキーナ『プロコフィエフ』


この作曲家は有名なのにあまり論じた本が少ない。「ピーターと狼」は別として、他にはあまり一般に親しみやすいものがないからか。この本はロシア人による評伝。プロコフィエフの生涯を時系列でなぞりながら、重要な作品について述べていく。早熟の幼少期、ロシア音楽界の寵児となる青年期、パリでの生活、ロシアへの帰郷。

取り上げられる作品は初期はピアノ曲が多いものの、オペラやバレエ音楽が多い。器楽曲が少ないのが意外だった。映画「アレクサンドル・ネフスキー」における、エイゼンシュテインとの共同作業に力を入れるプロコフィエフの記述(p.146-153)など。

自信過剰、熱狂的なゲームマニア、負けず嫌いという要素がプロコフィエフを形成する(p.26f)。彼の特徴である実験好き、和声スタイルの変革は、タネーエフが彼の作品の単純さを嘲笑したことに結びついてるという。そのタナーエフは幼いプロコフィエフの音楽教師として、グリエールをモスクワからソンツォフカに派遣した(p.19-22)。1914年音楽院の卒業後、ロンドンでのディアギレフとの出会いがターニングポイントとして語られる(p.70-79)。プロコフィエフのバレエ音楽への傾倒はディアギレフとの関係の上にある。スキタイ組曲という圧倒的な曲の誕生。聞いてみたら実に騒々しく野蛮な名曲だった。

1929年アメリカ演奏旅行の途上、大西洋横断客船「ベレンガリア」でプロコフィエフとラフマニノフが偶然出会うエピソード(p.128)。ロシアへの思いを深く持ち続けた両者だが、プロコフィエフは帰郷し、ラフマニノフはもう帰らない。パリ在住のプロコフィエフを覆う創造性の枯渇。1936年、ロシア帰郷(p.129-132)。戦時中の困難、大病を抱えながらの晩年の驚くべき創造量。交響曲第5番・第6番、バレエ「シンデレラ」、オペラ「戦争と平和」「真実の人間の物語」。1953年3月死去。

本としては文学的な修辞が読みにくいところもあるが、総じて分かりやすい。ただ時代背景やプロコフィエフの自身の思いなどを深堀りするには足りない。
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津川友介『世界一シンプルで科学的に証明された究極の食事』


良書。何の食品が身体に良いかという情報は、ゴミみたいなものが世の中にあふれている。メディアをまきこんで、そうした情報は空虚なブームを巻き起こしたりしている。本書は科学的エビデンスという考え方を踏まえて、いまの科学的議論で何が確からしいものとして言えるかを明らかにしようとしている。

科学的エビデンスにはレベル、階層がある。最強なのは複数のランダム化比較試験をまとめたメタアナリシスだ。たいていの健康食品情報は、きわめて少ないサンプルで、しかも追試もされていないような情報ばかりである。健康への影響が少数の研究で示唆されているものは、本書に含まない(p.34-39)。と書かれているが、こんな研究もあるという形でエビデンスのレベルの低い研究への言及もある。

一つのポイントは、重要なのは成分でなく食品というところ(p.42-49)。成分が日常で話題になるのは日本特有の現象だという。メディアを通じて昔有名なったのは、βカロチンやリコピンなどがある。しかしβカロチンはガンのリスクを上げるというエビデンスがあるし、リコピンは体に良いというエビデンスはない。そもそも成分そのものを摂取することは通常はない。食品によって他の成分とともに摂取されるもの。成分のみを取り上げることにあまり意味はないという。

結論を書けば、科学的な研究から現在健康に良いと考えられているのは、魚、野菜と果物、茶色い炭水化物、オリーブオイル、ナッツ類の5つである。逆に悪いのは赤い肉、白い炭水化物、バターなどの飽和脂肪酸の3つ(p.28)。

魚の摂取、特にオメガ3脂肪酸の摂取は心筋梗塞のリスクと一部のガンのリスクを下げるとのこと。一部のガンというのは、乳がん、大腸がん、肺がんのリスクは下がるが、胃がんや前立腺がんはリスクを下げない(p.90-96)。

野菜と果物は心筋梗塞や脳卒中のリスクを下げるが、ガンには有意な関係はない(p.76-78)。野菜と果物については加工されていないことが大事。フルーツジュースは血糖値を上げるため、糖尿病のリスクを増やす。果物は血糖値の上昇を抑えてくれる食物繊維も含まれているので、フルーツジュースとは違う結果となるという(p.78-81)。ここにも成分のみ考えても意味がないという論点がある。

炭水化物で茶色と白色というのは、精白されているかどうか。米だと玄米と白米、小麦だと全粒粉と精白粉。特に白米(と精白粉)は、科学的に言って明らかに糖尿病のリスクを上昇させる。これは食べ過ぎなければいいという話ではなく、白米は少量でも体に悪い。白米の摂取量と糖尿病のリスクとの間には正の相関があるので、摂取量はできるだけ少ない方が良い。ただがんのリスクについては、白米と有意な関係はない(p.109-117)。

赤い肉というのは、ほぼ鶏肉以外のすべての肉類。特にハムやソーセージなどの加工肉は大腸がんや脳卒中のリスクを上げる体に悪い食品である(p.138)。

ちなみに日本食が身体に良いか、参考になる議論がある。日本の中では日本食は身体に良いようなイメージがあって、世界に売り出そうとしている。しかし、日本食が健康に良いというエビデンスは弱い(メタアナリシスがない)。イメージで語られている側面が大きい。健康に良いという強いエビデンスがあるのは、魚やオリーブオイルからなる地中海食である(p.62f)。日本食の問題点は炭水化物が多いことと、塩分摂取量が多すぎること(p.123)。白米の危険性は上述の通り。日本食の塩分量で一番問題なのは味噌汁と漬物。この二つをやめてみるべきだという(p.129f)。

著者が記すところ、正しい健康情報収集の仕方は、テレビなどのメディアの健康情報、健康本、日本語で書かれたインターネット情報の三つは信用しないことだという(p.165-171)。英語で研究機関のものを検索するのが一番だそうだ。一般の人にはハードルがかなり高いだろう。ここで研究機関であって、政府機関でないことは重要。日本でもアメリカでも、政府が推奨する食事は各団体のロビーイングによって歪められている可能性があり、必ずしも科学的根拠に基づくものではない(p.97-100)。例えば白米、味噌汁、漬物が身体に悪いから控えたほうがよいなんて情報は、日本政府が発表するはずがない。

本書に書かれていることはすべて正しいというわけではなく、科学的エビデンスの点からも問題がある箇所があるようだ。だが何より、こうしてきちんと科学的に議論しようとする態度は稀有で素晴らしい。

中室牧子、津川友介『「原因と結果」の経済学』


計量経済学の観点からの統計的因果推論の素晴らしい入門書。著者はそれぞれ教育、医療に詳しい。この分野はインが推論の話をするにうってつけ。確かに因果関係がはっきりしない根拠のない通説が山のようにあるのが、教育と医療の分野だ(p.13)。この分野では思いつきの正しそうな説明だったり、科学的実験があっても追試が行われていないような説明に右往左往する人が多すぎる。因果推論、特にエビデンスの強さの階層について学ぶことは非常に重要。因果推論はデータ氾濫時代に必須の教養だ(p.13)という言葉にはまったくもって同意。

本書では様々な具体例を取り上げながら、RCT、自然実験、差の差分析、操作変数法、回帰不連続デザイン、マッチング法(プロペンシティ・スコア)、重回帰分析と因果推論の基本的手法を紹介していく。これらにより、因果関係を示しているように一見思われる結果をきちんと見分けることを学ぶ。特に、複数のRCTを比較検討するメタアナリシスが、エビデンスの強さを表すエビデンス階層の頂点となる(p.48-50)。

RCTは特に普通の社会ではなかなか適用しにくい。有名な例だが、ランド医療保険実験の話が載っている。医療費の自己負担の割合は、(貧困層を除いて)人々の健康状態と因果関係がないという結果(p.67-73)。こうしたきちんとした分析による政策立案はevidence-based policyとして徐々に広まりつつある。日本ではまだまだ抵抗感があるが、一刻も早く主流になってほしいもの。「因果関係を検証することなしに、一見すると効果があるように見える政策を実施することは、何よりも国民に大きなリスクを追わせているのだ負わせているのだということを忘れてはなるまい」(p.112)という言葉は重い。

なかには結果について疑問を抱く解説もある。差の差分析による認可保育所と母親の就業率の話。これは岩波データサイエンスにも載っていた。この分析の結論は認可保育所の増加と母親の就業率の上昇の間の因果関係は認められないというもの。そして認可保育所は母親の就業率の上昇というよりは、よりよい育児環境の整備ということに寄与しているだろうと主張されている(p.104-107)。これは何だか感覚に合わない。認可保育所が増えれば認可外保育所から移るのは当たり前だ。そして就業する人は認可保育所なんて入れるはずがなく、なんとか認可外保育所を見つけて預けている状態だ。認可外保育所は認可保育所の定員が溢れているからニーズがある状態で、認可外保育所は認可保育所に変わるか、縮小していく。したがって認可保育所の増加が母親の就業率を上昇させないのはとても理にかなう。実験は、認可外保育所を含めたもので行われるべきで、そもそも認可保育所に限って分析しているのが妙と思える。

また、ノルウェーの女性管理職義務付けの話はなかなかシビア。ノルウェーでは2003年に女性管理職の数値目標が義務的に定められた。それにより能力の低い女性が多く管理職になった。結果として、女性取締役比率の上昇は、企業価値を低下させるという分析結果が得られている(p.125-129)。

もう一つ結果にあまり納得しないものとして、回帰不連続デザインの分析でピア効果はないという結果(p.134-137)。これは周りが優秀な学校に行っても、自分の成績はあまり変わらないというもの。いまいち腑に落ちないのでもう少し考える必要がある。

ともあれ、学校の課題図書にするくらいすべての人が読むべきといえる本。こういう科学リテラシーは今の時代に必要だ。

千葉潤『ショスタコーヴィチ』


屈折した作曲家ショスタコーヴィチについて、その生涯と作品を概観した入門書。ショスタコーヴィチの音楽は相当に複雑だが、謎解きのように面白い。ソビエトで国民的な人気を誇ったショスタコーヴィチは、スターリンを始めとする体制との妥協に満ちている。一見して体制に迎合したように見える音楽にも様々な仕掛けや裏切りがある。迎合した作品とは別に手元に留め置かれた私的な作品がある。また、数多くの映画音楽がある。「いつになっても、ショスタコーヴィチの創作の糧は、やはり風刺とパロディだった」(p.138)。

ショスタコーヴィチの生涯を誕生から丁寧にたどりつつ、各作品とそれに込められた意味を探っていく。生涯の概観とは別に、交響曲、弦楽四重奏曲、オペラについては全曲の解説がある。ペトログラード(後、レニングラード、現、サンクトペテルブルク)生まれのショスタコーヴィチは幼い頃から、驚異的な初見力と暗譜力があった。そうした才能と、作曲の音楽性をグラズノフが認め、ペトログラード音楽院に13歳で入学する(p.16)。ただ、グラズノフはショスタコーヴィチの音楽を気に入ってはいないところが面白い(p.27)。自分の次の世代の天才が登場したことを素直に認めたということだろう。

交響曲第1番の大成功(1926)でショスタコーヴィチは一躍、ソビエト音楽会の寵児となる(p.34f)。次のターニングポイントはオペラ『ムツェンスク郡のマクベス夫人』(1934)だろう。いくつもかのオペラの失敗作の後、このオペラでショスタコーヴィチの名声は頂点に至る。その音楽はオッフェンバックのオペレッタ、ムソルグスキーの民衆劇、ワーグナーの重厚な管弦楽法、ベルク風の表現主義などのユニークの混合物。しかし猥褻な場面を含むこのオペラがプラウダ批判(1936)の対象となる(p.57-62)。ここからショスタコーヴィチの苦悩は深まっていく。プラウダ批判に続く、親類や友人たちの追放や粛清。交響曲第4番は初演前にして中止させられる。交響曲第5番(1937)の大成功によってショスタコーヴィチは復活するが、そこに込められた引用とアイロニーはスターリン体制への反逆を含むと解釈される(p.80f)。

第二次世界大戦後にも『マクベス夫人』は再び、ジダーノフ批判(1948)のやり玉に上がる。しかしジダーノフ批判のあと、なぜスターリンは1949年に演奏禁止を撤回してまでショスタコーヴィチをニューヨークの世界平和文化科学会議に連れて行く。ここは何の解説もなく、ちょっと物足りなさを覚える(p.121f)。

死後の評価では若干のページを割いてヴォルコフの証言と、それがもたらした呪縛について書かれている(p.178-182)。ソビエトの体制的音楽家として見られていたショスタコーヴィチを、反逆者の側面も持つ二重言語の使い手として描いたヴォルコフの本は真偽について論争が多い。いまでもショスタコーヴィチが何を考えて、何を託して作曲したのかは読み解くのが難しいだろう。

初演撤回のまま隠された交響曲第4番、胡散臭いほど勝利を歌い上げた交響曲第10番、理解者ソレルチンスキイの死と重ねて書かれた時代へのレクイエムであるピアノ三重奏曲二番、遺作となったヴィオラ・ソナタあたりをじっくり聴いてみたいと思った。また、1930年代の初めからサッカーにのめり込み、サッカー台帳を作成、そのデータ分析は専門家からも一目置かれていたなんてエピソード(p.82)も面白い。

竹内繁樹『量子コンピュータ』


読者に何とか分かってもらおうという著者の思いが伝わってくる名著。量子コンピュータの面白さと分からなさを知るには、これが一番だと思う。きわめて平易な語り口をしていて、数式も控えめながら、書かれている内容はハード。量子力学の基本的な解説、確率波と重ね合わせから始まる。量子コンピュータのアルゴリズムとして、ドイチュ・ジョサ、グローバー、ショアのアルゴリズムを何とか逃げずに解説する。量子コンピュータを物理的に実現するための様々な試みを紹介。そして量子暗号について述べる。

ビームスプリッターや半透鏡の光子への作用を中心に解説される量子力学の基本原理。偏光ビームスプリッターを使った不確定性原理の解説(p.58-63)は秀逸。干渉計を例にした光子の状態の重ね合わせと位相の解説(p.69-72)も、分からないところはあれど、まったく手応えを失ってしまうという感じにはならない。量子ビットの重ね合わせは球体上の緯度経度を使って解説される(p.103f)。これはとてもよいと思う。

アルゴリズムの解説の山場はショアのアルゴリズム。通常とは違う因数分解のやり方から、量子フーリエ変換の話に帰着させている。核となるアイデアだけをうまく取り出してきている。量子ビットを実際に作り、デコヒーレンスを抑える仕組みは、著者自身の試みと合わせて扱われる。光子を使った場合が簡単ではあるが、制御ノットを作るのが難しいとのこと(p.188-195)。

量子コンピュータについて知りたいならまず読すべき信頼の置ける本。

Appendix

プロフィール

坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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