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バリー・ロペス『極北の夢』


油田などの資源開発調査や生態調査などに同行して、北極圏(そのやや南の地域を含む)を何度も旅してきた著者による一冊。かなり大部の本で、北極圏の地理から動植物、気候、先住民族、探検者と開拓者などについて語っている。北極といっても中心となっているのはカナダの北西部。グリーンランドとの境となるバフィン湾の西側の島々について。

北極に生態系が形成されたのは意外にも、最終氷期(ウィスコンシン氷期)以降であり、わずか一万年しかない。これは四万年前にクロマニヨン人が出現した人類の歴史よりも短い。とはいえ、北極には他の地域にはない、ダイナミックな生態がある。アザラシが呼吸する水音を聞き分け、足音を消して接近するホッキョクグマの狩猟行動などは、よく書けている(p.102-110)。北極にはほかの地域とは異なる生命のリズムが存在する。このようなリズムを考えることは、自分の慣れ親しんだ世界を超えて想像力を広げていくことになる、と著者は書く(p.177-180)。

しかしそのホッキョクグマも、19世紀に至るまでヨーロッパ人による残虐の行動の対象となった。20世紀においては産業開発がそれに類したものだという(p.116-123)。西欧文化について言えば、圧倒的な存在感と危険性で印象に残る氷山を、西欧文化で類似できるものとして大聖堂に例えたり(p.242-245)するも、ポイントはよく分からない。北西航路を発見しようと挑む、イギリス人などの航海者の物語はよく書けていて面白い(p.304-336)。暖房もない当時に、北極で越冬するのは想像を絶する。

自然と調和して生きる先住民族の姿を、本書はある種のノスタルジー、環境への負荷の大きな現代文明へのカウンター意識をもって眺める。動物たちに敬意を払い自然と調和して生きるエスキモーたちを描く。もちろんその調和は、完璧ではない(p.201-203)。エスキモーは周辺の地理を驚くほど把握しているが、その地図は有益な場所は大きく書かれている。それぞれの場所が物語を持っている(p.274-286)。私たちの日常的な地理感覚も、いくばくかこうしたものだろう。
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志賀浩二『現代数学への招待』


多様体について平易な語り口で書いた読み物。最近、多様体や微分幾何に触れているので読んでみた。基本的な概念は分かっているのでさすがにすんなりと読めた。まず位相空間から話を説き起こし、位相多様体の概念を説明する。ついで微分を扱い、位相多様体に微分構造を入れたものとして、多様体(可微分多様性)を導入する。そこからの発展的話題として、接ベクトル空間、バンドル、ファイバーバンドルへ進む。

現代数学の流れは抽象化にあると言える。本書では抽象化を経てもう一度具体的な姿に戻ってくる、という筋が語らえる。近さの概念を抽象化して位相の概念が取り出され、さらに開集合による位相の抽象的な定義へ至る(p.98-102)。この話は著者の他の本でもいつも見る話の展開だ。ただ、この先の展開ではウリゾーンの定理が鍵になる。ウリゾーンの定理は、一般の位相空間から実数への対応(実数空間への連続関数)を与える(p.110-118)。これが位相多様体の入り口になる。ウリゾーンの定理は、位相として抽象的に考えられてきたものを実数空間に結びつけて、局所座標の考えにつながり、多様体への道を開いた。20世紀初頭の数学にあった抽象化とは、逆向きの方向を与えようとした最初の試みだったのかもしれない、と評価される(p.130, 207f)

多様体については、局所座標を入れて実数空間上で多様体を分析する話を、多様体を映し出したモニターの比喩で語る。モニターへの映し出し方は複数あって、それらの間が座標変換によって結ばれることになる。多様体は、位相多様体の局所座標変換が微分同相になるものとして導入される。

高次元の多様体については、にわかに信じられない定理がいくつも紹介される。数直線の存在を認識する力と、高次元を認識する力は同じであって、数直線が具象的なものなら、高次元も抽象的でなく具象的なもの(p.31)とはいえ、なかなか私たちの直感は通用しない。8次元以上の多様体には、微分同相となる局所座標系が決して存在しない位相多様体がある(p.197-204)。一つの位相多様体に対して、互いに微分同相にならない微分構造が存在する。次元が4で割って3余るとき、その次元の球面には非常に多くの微分構造が存在する(p.212-217)。はめ込みimmersion、埋め込みimbeddingについて言えば、射影空間が埋め込める次元、はめ込める次元は一つ上の次元とは限らない。多様体は直感的に考えられるより複雑な構造をしている(p.245-248)。

接ベクトル空間を多様体の各点上の空間として考えるのとは逆に、局所近傍と実数の直積集合の方から構築する。同値類の分割の仕方が局所座標写像のヤコビ行列で移り合えるものとすれば接束tangent bundle、ヤコビ行列の転置行列であれば余接束cotangent bundleとなる。こうした構成法でできるものを一般的にベクトル束と呼ぶ。局所近傍と実数の直積集合であったところ、実数の直積集合を一般的な空間にすればファイバー束となる。

こうした構成法のポイントは、多様体の幾何学構造を表現する接束、余接束がそれ自体、多様体になっていること。すなわち、表現するものとされるものが渾然一体となっており、これはテンソルや不変式の立場では得られない観点だという(p.291-295)。

星野道夫『Alaska 風のような物語』


アラスカ北極圏についての写真とエッセイ。有名な本のようだ。著者はアラスカのフェアバンクスを拠点としながら、北極圏の地域を撮影し続けていた。カリブー、ムース、グリズリー、ザトウクジラといった動物たち。イヌイットやネイティヴアメリカンなど、いまでも狩猟中心の生活を送るアラスカ先住民たち。とにかく広大で厳しいアラスカの自然と、そこに生きる人々が活写されている。

写真は躍動的で楽しく美しい。アラスカの大自然が手に取るようにわかり、息を呑む。ときには誰もおらず何もなく、セスナでしかアクセスできない原野に数ヶ月たった一人でテントを張り、カリブーの数万頭の群れを追いかける。先住民たちの中でも、狩猟を中心として昔ながらの生活を守る人々に焦点を当てる。こうした先住民でもアラスカで資源開発が進むにつれ、近代化された生活に触れている。本書はこうした問題についてはさほど触れないが、例えばアラスカ先住民を蝕む若者のアルコール中毒や自殺の問題などが書かれている。自殺率は同年齢の白人と比較して10倍に及ぶという(p.78-83)。変わっていくもののなかで変わらないものが捉えられている。

マシュー・ディクソン、ニック・トーマン、リック・デリシ『おもてなし幻想』


原題は"The Effortless Experience"で「努力なしの経験」だが、うまい邦題をつけたものだ。カスタマーサービスは顧客に感動を与えるべし、という話がよく聞かれる。おもてなしの心を持って、期待されている以上のサービスを提供して顧客を感動させること。それが当該のサービスへのロイヤリティの向上につながると。

本書は著者が属しているCEBという経営コンサルティングの会社が行った、ウェブサイトか電話でカスタマーサービスとやり取りし、内容をはっきり記憶している97000人超の顧客へのインタビュー結果(p.36f)が元になっている。その結果は、企業が社会通念として信じてるのとは違って、顧客の期待を上回るサービスを提供しても顧客ロイヤリティにはほとんど変わりはないことを示している(p. 41-46)。顧客満足度とロイヤリティの間の決定係数は0.13しかなく、顧客満足度はロイヤリティの予測因子ではない(p. 49-53)。

顧客を感動させるサービスというと、本書の冒頭にあるリッツ・カールトンのキリンのジョージのエピソード(p. 23f)が典型だが、そんなものはほとんどの顧客は求めていない。むしろ、こうしたサービスは逆効果だ。顧客に意外で喜ばしい経験を提供することは、ほぼすべての企業にとってサービス戦略がより所としてはならないことと言える。顧客が本当に求めているものは、努力いらずの体験effortless experienceだ(p. 23-27)。つまりカスタマーサービスに面している顧客はなにか問題や課題があり、それが面倒なく解決されることを求めている。担当者をたらい回しにされたり、曖昧な回答しか返ってこなかったり、言われたことをやるとまた別の問題に直面したりすると、その企業へのロイヤリティは下がる。言い換えるとディスロイヤリティ(そんなサービス二度と使いたくない、という気持ち)が上がる。

カスタマーサービスの役割は顧客を喜ばせてロイヤリティを向上させることではなく、顧客のディスロイヤリティを緩和すること。そのためには問題解決のために顧客が投じなければならない手間、つまり努力の量を減らすこと(p. 60-65)。「一言で言うと本書のテーマは顧客努力を減らしてディスロイヤリティを緩和することである」(p. 71)。

非常に納得するポイントだ。個人的な話だが、この間、リッツ・カールトンでの宿泊を検討していて、候補の部屋の設備が一部不明だったのでメールで問い合わせた。けれども担当者は単に回答できないと返し、その次には予約できるかどうか分からないと回答できないと返した。こちらは空いてなければ宿泊日を変えることもできるのでまったく不要な前提と思いつつ、当該の部屋は泊まろうとする日に空いていると指摘すると、担当者が変わって、あとで回答すると来た。それから一ヶ月以上、回答はない。この途中で私はあなた方の対応はリッツ・カールトンのサービスレベルでは到底ない、と指摘した。結局、努力を費やしつつも私の課題は解決せず、回答を待たずに宿泊は別のホテルを予約した。そして私のなかでのリッツ・カールトンのブランドは相当に低下したし、その経緯と悪い評判はこうしてウェブ上で公開される。

顧客ロイヤリティを最大限に得られる企業とは、「取引しやすい相手」だ。それはつまり、情報を簡単に検索できたり、信頼できる情報を提供したり、選択肢を簡単に比較できたりすることを意味する(p.372f)。なぜ感動させるサービスやおもてなしではなく、顧客の問題解決の努力を削減することがポイントなのか。それは、いまはもうすべての世代でセルフサービスファーストになっており、顧客がカスタマーサービスに面する時はセルフサービスで問題が解決しない時だからだ。顧客がセルフサービスより生のサービスを望んでいるとするのは思い込みにすぎない(p.84-101)。私のケースでも単に公式ページにもう少し詳細な情報があればよかっただけだ。カスタマーサービスに問い合わせなければならない時点で、すでにマイナスからのスタートだ。感動させるチャンスとかではないのである。

本書は400ページくらいあるが、ほとんどの部分は、こうした努力いらずの経験を顧客に提供するために、企業、およびそのカスタマーサービスはどうあるべきかがずっと書かれている。例えばそもそも、見やすいFAQやチャットボットの整備などで、顧客を最も努力いらずの経路に導く方が、はるかに顧客ロイヤリティを回復し、最高の顧客体験を生み出す可能性がある(p. 117)。

コールセンターでの電話応対が記述のメインになっている。顧客が電話をかけてきた現在直面している問題を解決するのではなく、再び電話をかけなくて済むようにするという「次の問題回避」戦略の重要性(p.152-166)。顧客の感情的な側面への対処の必要性。顧客が問題解決のために行う努力と労力は別で、努力と感じたかどうかが問題なのだ(p. 176-182。注意深く選択した言葉遣いで会話をコントロールして、顧客が会話をどう解釈するかを改善すること、これを「経験工学」と称している。そのアイデアとしては、顧客の立場に立つアドボカシー、肯定的な言葉遣い、アンカリングがある(p.186-192)。顧客を4つのプロファイルに分類すること。フィラー、エンターテイナー、シンカー、コントローラー。問題が解決すればいいだけの人なのか、共感を求めているのか、主導権を握りたいのか、など(p. 218-227)。

一流のカスタマーサービスを生むためには、カスタマーサービスの担当者に主導権を渡すことが何よりも必要だ。マニュアル化やチェックリスト、AHT(Average Handling Time)など決まった指標で評価してはならない。セルフサービスが普及した今では、複雑な問題だけがカスタマーサービス担当者に残されているから画一的な対応は定義できず、その都度の担当者の発想に対応を任せるしかない(p. 230-235, 252-267)。

カスタマーサービス担当者に特に必要な資質は著者がコントロール指数と呼ぶもの、つまり感情のレジリエンスだ。顧客から感情的な対応をされても、すぐに切り替えて次の対応に入れるなど。これは個人の資質に見えるが、著者は仕事の環境によるという。その要因は、担当者の判断が信頼され尊重されていること、会社の目標と担当者の仕事の整合性、担当者が互いにサポートし合うネットワークの存在だという。これらは管理部門から作り出すことはできない。自然に発生するよう環境を整えるしかないものだ(p. 240-284)。

見ると、これらは通常のカスタマーサービスでも重視されるものだろう。おもてなし系のカスタマーサービスでも、担当者を画一的に評価しないこと、顧客の感情面への対処、担当者に権限を与えて信頼することなどはとても重要だ。ある面ではそうした、特に他と変わらないことを説いている。

ただ、ディスロイヤリティの緩和には顧客努力を軽減することが効果的だから、顧客努力を測定しなければならないとして、顧客努力指標(CES)を提唱している。CESはその会社のおかけで問題の対処が容易になったかどうかを聞く。あくまで問題の解決にフォーカスした聞き方。ロイヤリティについてはNPSが有名だが、NPSは総花的な評価。製品の質なども評価の理由になってしまう。NPSは顧客努力だけを測ることはできない(p. 290-303)。顧客の努力を削減するカスタマーサービスを実現するための行動を記した、アメリカン・エクスプレスのCOREスコアなどが好例として挙げられている(p. 350−357)。

本書はカスタマーサービス、特にコールセンターに定位して書かれているが、顧客の問題解決への努力を削減すべし、という話はそれに限られない。リアル小売店舗、製品における顧客努力の削減の話は最後に少しだけ出てくる(p.364-371)。例えば、機能を詰め込みすぎてボタンが多くなりすぎたテレビのリモコンなど、顧客努力をまったく削減しない製品と言えるだろう。顧客の苦痛を取り除くこと、スムーズなUI/UXなど、現在のサービスのデザインはまさに顧客努力の削減へと進んでいるように見える。顧客もサービス提供側も幸せにならない、おもてなしという名の過剰サービスが無くなることを願う。分厚い本書を読もうとする層にはあまりに狭いと思うものの。
顧客努力は、コンタクトセンター戦略というよりむしろ包括的なビジネスコンセプトである。使いやすい製品を製造し、顧客が簡単に購入できるようにサポートし、努力がそれほどいらないサービスを提供できる企業は、顧客ロイヤリティという大きなリターンが得られるだろう。(p. 374)

福田雅樹、林秀弥、成原慧編『AIがつなげる社会』


総務省情報通信政策研究所の「AIネットワーク社会推進会議」およびその前身にあたる「AIネットワーク化検討会議」での議論に基づき、各著者がAIが社会実装された場合の様々な問題についてそれぞれ論じている。特徴はAIネットワークと称して、AIを搭載したソフトウェアやロボットが単独で動くのではなく、他のAIと協働して動く点を特に考慮に入れていること。また、多少とも未来の論点で具体的なイメージを持ちにくいことに対して、各論の冒頭でその論が対象とする具体的な状況をシナリオとして提示するやり方を取っている。

扱われる論点は研究開発、企業の競争政策、知的財産権、プライバシー、セキュリティ、製造物責任、刑事法制、政策決定、人権、責任、雇用環境と多岐に渡る。シナリオがそれぞれ提示されているので、どういったケースが想定されているのかが理解しやすい。その一方で、個別ケースにフォーカスしがちで体系性や俯瞰した視点に欠けるようにも思われる。各論考に分かれていてそれぞれ分量がさほど多くないことにもよる。より詳細な議論は検討会議の資料を見ればよいのだろうか。

特に興味深かったのは、AIによる意思決定支援は、理性を備えた自然人だけが統治に参加するという民主主義の原則とそもそも相性が良くないという論点(p.300f)。AIによる個人のプロファイリング(信用スコアとか)は、tabula rasaとしての人格的存在、また主体的に自身の人生をデザインしていく人格的自律という個人の尊重という憲法上の規範と衝突し、個人の尊重のためにAIの効率性や精度を犠牲にするか、個人の尊重という憲法規定を改正する「革命」という二つのどちらかだという論点(p.337-342)。AIに責任を負わせ刑事処罰することへの違和感(処罰しても意味が無いように思われる)は、人間の「かけがえのなさ」が複製可能なAIには無いためで、英語でいうresponsibility, liability, guilt, accountabilityをすべて「責任」と訳している責任概念の多義性の論点(p.358-360)。

AIの社会実装における論点は、日本では法律学、法哲学としてスリリングな議論が行われているように感じられる。

Appendix

プロフィール

坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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