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須田桃子『合成生物学の衝撃』


毎日新聞所属の科学ジャーナリストが一年間のアメリカ留学と取材をまとめたもの。分かりやすく、ときにスリリングに合成生物学の動向を明らかにしている。合成生物学という語の意味はさほど確定していない。話題としては、いままでもよくある遺伝子改変の技術も出てくる。合成生物学で言いたいのは本来、自由に記述した塩基配列からDNAを合成し、そこから細胞や生物を作り出すものだろう。こうした試みは、先端を走る研究者のクレイグ・ベンターからは「合成ゲノミクス」と呼ばれ、もっと広義の合成生物学からは区別されている(p.193)。

合成生物学を特徴づけるのは、むしろ生物に対する工学的アプローチだろう。作れないものは理解できたとは言えない、というファインマンの警句がいくどか引用される。既存の生物を分析して解明するのではなく、様々に合成して作ってみて何が生物になるのかを試すというアプローチだ。

先駆的業績としてトム・ナイトのバイオブリックが挙げられる。これは様々な役割を果たす塩基配列を用意する。レゴブロックのようにここから各機能の塩基配列を組み合わせてDNAを組み立てることを狙った。だが、本書で合成生物学の中心的役割を果たすのは何といってもクレイグ・ベンター。彼はNIHでヒトゲノム解読計画に携わっていたが対立により辞め、自身の研究所を設立。ゲノム解読の延長線上として、生物として必要最低限なDNAとは何かというミニマル・セルの探求に進む。

合成生物学の使い道として、遺伝子ドライブがあげられる。これは生物に備わる利己的遺伝子(ドーキンスのそれではなく、特に生存に有利ではないのに50%以上の確率で子に受け継がれていくもの)を利用したものと、CRISPERと改変遺伝子そのものを遺伝子に組み込んで、遺伝子の発現時にCRISPERによる改変を行わせるものがある(p.58-63)。ここは合成生物学そのものの話をやや外れるが、次の生物兵器の話につながる。

ロシアの遺伝子改変による生物兵器研究の話と、アメリカの国防総省研究機関DARPAの話はジャーナリストの本領発揮といったところか。インタビューで相手の言いにくいところに切り込んでいく。DARPAの支援を受けた研究の軍事転用について、DARPAのプロジェクトマネジャーや参加した研究者は微妙な言い回しをしている。ただ、合成生物学の研究に軍も大きく注目し、資金が流れていること、逡巡する科学者たちの姿が分かる。

最後にはベンターのミニマル・セルのプロジェクト成功をたどる。ある細菌の塩基配列を分解した後、選択して合成したゲノムを、近縁種に移植して細胞が発現して増殖していくことを確認した(p.205-208)。合成生物学はそれがかなり完成域に達すれば、塩基配列を組み合わせて生物を生み出すことができる。これは好みの機能を持った生物を作り出すことになる。こうした生物は他の生物の増殖や生殖で生まれるものではないため、いわば親を持たない生物だ。

著者はこうした親を持たない生物、人間が好きな機能を持った生物を自由に生み出すということに若干ナイーブな違和感を抱いているようだ。冒頭のカズオ・イシグロの引用とか、科学者へのインタビューにそうした感じを持つ。合成生物学が人間に適用された場合、親を持たない子供が生まれる。こうした子供は、自分をどう思うだろうか、と問いを立てる。ジョージ・チャーチという合成生物学の大家が、生物学的な親がいなければ子供はアイデンティティを形成できない、というわけではないとコメントしている。これに対して著者はまったく納得できない思いを抱いている。けれども、私にはどうもチャーチの考えのほうがしっくりくる。ここにかなりの違和感を抱く著者には、逆に、例えば養子や非配偶者間人工授精(AID)によって生まれた人への差別意識が隠れているように思えてしまう。チャーチのコメントは以下。
誰かは【合成生物学によって人間を】作るかもしれないが、少なくとも、出産する代理母がいる。代理母も母親になりうる。だから私は、彼らが人間性から引き離されるとは思わない。うまくいけば里親から抱きしめられるだろう。いまの私たちの社会では、子供達は両親や教師がいる環境で育まれるのが当然になっているから、彼らが例外にならないことは保証する(p.185)
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