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アンドリュー・"バニー"・ファン 『ハードウェアハッカー』


とても楽しい一冊。xboxなどハードウェアのハッキングで有名な著者が、中国の深圳を中心としたものづくりを語る。著者自身が立ち上げてきた複数のハードウェアのスタートアップの経験から、極めて実践的なやりとりの場面が描かれる。それに加え、偽物のスマートフォンである山寨を知的財産権という欧米的な考え方から批判するのでなく、公开という創造的な仕組みとして捉えている。

ハードウェア絡みのスタートアップに限らず、コスト削減のために中国での製造を選ぶケースは多い。著者が中国での製造の最大のポイントとするのが、現地に行くことだ。品質を担保するには現地まで行って、現場の人と話すのが一番良い(loc.1011)。製品仕様が曖昧だったりした場合、こちらの常識が通用するとはまったくはっきりしない(loc.990)。仕様の変更については口頭やメールで済ませず、きちんと設計変更指示(ECO:Engineering Change Order)を取り交わすこと(loc.1497)。そうでないと何らか理由を付けて対応されないことになる。リールなど部品のセット数と実際の作った数の差といった、細かい点への注意も多い(loc.1872)。

山寨についての肯定的な評価は、個人的には本書のハイライト。著者は山寨を単なる猿真似(copycat)と見ると、「彼らが西欧の会社ならほとんどできないことをやりとげているという事実に目を閉ざすことになる」(loc.1969)と書く。この彼らができることは、ほとんど費用ゼロでスマートフォンを作ること。山寨のネットワークを支える考え方である公开(gongkai)では、設計図は共有される。欧米的な考えでは設計図は知的所有権で保護されるものであり、公開されて共有されるものではない。設計図はなぜ共有されるのかというと、誰かがその設計図に基づいて製品を作ろうとすれば、設計図にある部品が注文されたり、改善やカスタマイズのために連絡が来て、結果的に工場の商売になるからだ。「公开IPエコシステムは、ハードウェア製造に特化した広告主導ビジネスのようなものだ」(loc.1978)。

知的財産の手厚い保護は医薬品のような市場には適しているだろう。だが、現在のハードウェアのような急速に変化する市場では適さない。ライセンス交渉や特許申請といった作業や費用に手を取られ過ぎだ。あるいはパテントトロールが跋扈する世界と公开と、どちらがましなのか。この観点から著者は公开システムを評価する。そしてまた、ハードウェアを購入した所有したのだからハッキングやリバースエンジニアリングは自由であるべきだ、という著者の信念もある。HPやAppleでもリバースエンジニアリングやコピー品を製造から始まったのだから(loc.2044)。リバースエンジニアリングは女性や黒人の選挙権のように、権利を主張して行使しないと確保できない(loc.2222)。

かくして公开は、欧米の仕組みとは別の、だが創造的な仕組みとして評価される。
中国でガラパゴス的に進化した「オープン」ソースの世界にようこそ。僕はそれを、英語のオープンの中国語である公开(GongKai) と呼んでいる。西洋でのオープンソースの逐語訳として开源(KaiYuan) がある。でも公开とオープンソースは、どちらもソースコードがダウンロードできるという点しか似ていない。そういう共有を可能にする法的、文化的な枠組みは、これ以上はないというくらい違っている。まったく別の種から進化したものが似て見えるようになった収斂進化のようで、遺伝子や祖先はまったく異なっている。 公开は、著作権で保護された「機密」や「占有」というラベルのついた知財が公然と一般に共有されているが、特に法的な裏付けがない状態を指す。だが、音楽や映画の海賊版のように、コピーする側が一方的に利益を得るものではない。むしろ、著作権を持っているメーカーのチップを使って、電話機を製造するのに必要な知識ベースなのであり、こうした文書の共有はチップの販売を促進するのだ。最終的には、著作権を持つものとコピーする者との間には持ちつ持たれつの関係がある。(loc.2149)


難い話はともかくとしても、本書にあふれる様々な具体的な話はとても楽しい。SDカードの偽物をつかまされたことから、SDカードの表面をはがしてROMを解読する、ICチップの偽造を見抜く、完全にカスタマイズ可能なノートPCの開発、はてはDNAのハッキングまで。著者は分子生物学にも造詣が深い。例えば著者には、肺炎マイコプラズマの代謝経路と往年のApple IIの回路図は同じ視点のもとにある(loc.4889)。パソコンの画面にRGBの三要素がどう並んでいるかによって映像が結ばれるように、RNAの各塩基がどう並んでいるかによってタンパク質という「映像」が結ばれる(loc.4930)。ただRNAとタンパク質の話は、たんぱく質の立体構造やフォールディングの話を無視しているので、ややこっちの比喩は難しい気もする。

インフルエンザH1N1ウィルスはいまは人間には致死的ではないが、変化する可能性がある。このウィルスは26022ビットからなっている。この生物ウィルスとコンピューターウィルスの発想なんかは特に面白い。こうした発想は別に得意なものではない。この間読んだ合成生物学の話は基本的にこうした、生物に対するハードウェアハッキングだ。
すると、人間にとって致命的となる見込みが高いウィルスをコーディングするには、約25Kビットまたは3.2Kバイトのデータが必要ということだ。これはコンピュータウィルスより効率的だ。たとえばMyDoomウィルスは22Kバイトある。自分が3.2Kバイトの遺伝子データで殺されかねないと考えると、謙虚な気分になる。でも、それをいうなら、僕のゲノムには800Mバイトのデータがあるんだから、こういうセキュリティホールの1つや2つはあっても不思議じゃない。(loc.4966)


読み物としてとても面白い本。それこそ実際にハードウェアに関わっている人には、これ以上ない実践的なアドバイスとなるだろう。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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