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池澤直樹『ハワイイ紀行』


よい一冊。著名な作家によるハワイイ(現地の発音により近い形でハワイイとする)紀行文。内容はハワイイ諸島の各島を巡る紀行文と、人物やイベントのルポルタージュからなる。ここで出てくるハワイイは観光地的なものではない。また近代(クック船長以降)のものでもない。ポリネシアの一部としてのハワイイ。現在も息づく、古来のハワイイ文化を著者は探ろうとしている。

内容は最初は紀行文。まず7世紀に最初にハワイイに人が住み着いたところ(p.35)であるモロカイ島の自然。ハワイイ文化の基本となる、小さく開かれた扇状地のアフプアア。次いでハワイイ島のキラウエア火山。火山の噴火で家が飲み込まれる悲哀をインタビューで追う。次いでカウアイ島でシカの食害からハワイイ固有種を守るカール・ロビンソンを追う。カールはニイハウ島を個人所有するロビンソン一家の人間。次いでオアフ島でのタロ芋栽培の復活と、栽培の水を巡る原住民運動の人々について。マウイ島のサトウキビ生産に託してクック船長、カメハメハ大王の統一あたりの歴史。カメハメハ大王はアメリカの艦隊から奪った大砲でハワイイを統一した(p.142-144)。

ここからトピック的なルポルタージュに移り、フラ、ハワイイ語(雨には130、風には160の表現がある)、サーフィン(ハワイイ発祥)、タヒチへのカヌーでの遠洋航海といった、ハワイイ固有文化を継承しようとする人々の活動を追う。最後にオアフ島、モロカイ島、マウイ島を巡る船旅で終わる。

ハワイイは人間と自然の付き合いの歴史を集約した土地だと著者は記す(p.29)。動植物や地質についての豊富な知識をもとに、自身が在住する沖縄と対比させつつ、ハワイイの自然を語っていく。こうした古来の文化はハワイイの近代化で見えなくなった。特に1819年はハワイイの転換期。大王の死去、捕鯨船の到着、キリスト教宣教師のアメリカ出発。ハワイイはここから、タブーの廃止、神殿の破壊など合理主義の時代になる。それは精神的拠り所を失うことも意味する(p.147f)。とはいえ、ポリネシアの古来文化は完全には失われておらず、古層として残り続ける。

著者は、カウアイ島におけるハワイイ固有の植物がいかに外来種の侵入に弱かったかということと、アメリカに征服されたハワイイ人の歴史をなぞらえている(p.159)。倫理的にはアメリカ人の振る舞いは許し難いものだが、自然現象として見れば弱い種が強い種に征服されるという当然のことなのかもしれない。

現代のハワイイではなく、その背後に隠れた元々のポリネシアの息遣いを知りたかった自分にはちょうどよい一冊だった。
楽園というのは定義であり、観念であって、人間にとっての現実ではない。他人の土地にその言葉を当てはめるのは、彼らを人間としてではなく別の抽象的な生き物として、自分たちの頭の中の産物として、見ることだ。この世のどこかに楽園がある、美女たちが腰蓑を振って踊っているという幻想が、辛い日々を送る人々にとって必要だと仮に認めたとしたも、それを当てはめられる側はあまり居心地のいいものではないだろう。(p.171)

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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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