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森岡毅、今西聖貴『確率思考の戦略論』


消費者購買行動の確率モデルを詳細に述べた本。主に、著者たちのP&Gでの経験に基づいている。USJでも広範に利用されているが、テーマパークは消費財とは違う(特に購買頻度や配荷の考え方)。主になっているのはP&Gのほう。

端的に書くと、消費者の購買確率は負の二項分布で近似することができるということ。負の二項分布でいう、各試行の成功確率を消費者の好意度preferenceと捉える。好意度は消費者のブランドに対する相対的な好意度であり、ブランド・エクイティー、価格、製品パフォーマンスにより決定されるという。そして市場構造は、消費者の好意度によって決定される(p.22, 34-36, 82-91)。難しく見えるが、結局は各消費者が各製品をどれだけ好んで購入するかが、各製品のマーケットシェアを決定し(というか定義し)、各消費者の購入頻度を合わせればマーケットサイズが決定(定義)される。

ここで好意度は消費者個々が持つように見えるが、モデル上は消費者全体についてのみ一様に語られる。そして一様の好意度を持つ消費者がどのくらいいて、購入可能なところにいるかが消費財の戦略の要素となる。つまり好意度preference、認知awareness、配荷distribution。すなわち認知率と配架率が100%なら、好意度はユニットシェアと一致する(p.238)。この3つに絞り、勝てる確率の高い戦略に素早くたどり着くことが戦略を立てる際に着眼すべきこと(p.39-41)。著者たちはあくまで好意度が本質と語る。認知に先立つ好意度というのは一見謎だが(知りもしない商品にどうやって何らかの購買傾向を持つのか)、各消費者に依存しない一様な好意度を考えている。実際の導出を見ると、好意度は認知率の決定要因にはなっていない(p.77)。

さらに個々のブランドの間のスイッチを考えると、個々のブランド選択確率を多項分布で近似できる。こうして消費者の購買行動は、ディリクレ負の二項分布と呼ばれるもので表される。それはある一定の期間における、カテゴリ全体の購入回数R、ブランドr1からrgまでの内訳の購入回数を変数で与えたとき、その確率Pr(R, r1, ..., rg)を示す。この確率はカテゴリを購入する世帯における割合と解釈できる。このモデルが成立するには4つの前提がある(p.30-34)。各消費者の購買行動は互いに独立。消費者が購入時にどのブランドを選択するかは多項分布で決まっている。ブランド選択は好意度の順位が高いほど、購入確率が高い(ガンマ分布している)。ブランド選択はカテゴリーの平均購入回数の多寡にはよらない。

というようにモデルが解説されるのだが、使っている数学がどうも一般的でないので読みにくい。そもそもDirichletを「デリシュレー」と記載している点で、怪しげな予感がするだろう。普通に数学を学んだ人であれば、Dirichletはディリクレと表記することは常識。確かにフランス生まれの数学者なのでフランス語読みするのもありだが(実際フランスではフランス語読みでデリシュレーと読まれる)、ドイツの数学者として認知されていてドイツ語読みをされるのが通例で、アメリカ含めて世界的に発音は「ディリクレ」である。

乗法記号を×と・の2つを説明なく使い分けていて意味不明(p.238-241)だったり、負の二項分布の説明は、各試行時に選ばれたほうのd個の玉を追加するという説明になっている。普通には、k回の成功を得るまでの失敗回数の分布として説明されるはず(例えば東大統計学教室の『統計学入門』p.119)。でもガンマ分布とポアソン分布の積になるから、一般的な負の二項分布のことを言っているはずだ。そういう定式化もあるのだろう。ある期間Tにおけるブランドiの購入回数riが本来は負の二項分布に従うのに、負の二項分布そのものを使わずにガンマ分布で近似する(p.260)とか、数学的に意味をなしていない式のようなもの(式(17), p.261)があったり(おそらくKruschkeのダイアグラムとか使うべきだろう)、消費者が実無限個いることになって積分されたりとか(p.265)、なんだか数学的内容はこちらの能力もあってついていけないことが多い。

著者が二人いることがポイントで、戦略は異なる観点から必ずプランBを用意しておくことが重要と説く(p.98-100)。著者のうち森岡氏のほうは独自の理論を自信満々に語るので読者は惑わされやすい。実務的には後半の、今西氏の記述部分が大いに参考になる。需要予測はぴったり当てるよりも大きく外さないことが大事で、幅を持たせて予測し、理想的には予測値が現実より少し少なめなのがベスト。また予測が大きく異なった場合には、まず関係する記録書類やデータを誰よりも早く保全し、後で分析すること(p.158-160)。予測の精度と予測モデルの精度を区別すること。精度の良いモデルでも説明変数が多く、その値に大きな振れ幅がある場合には、予測の精度は悪くなる。こうしたモデルは要因分析に使える。実際の予測にはできるだけ説明変数の少ないモデルが好ましいこと(p.165)。

さらに、ハリーポッターの需要予測の実際はとても面白い。多くの観点から独立的な試算をすることの大切さ。できるだけ似た状況の例を探し、最大と最小の幅をロジック、数学的知識、市場・商品カテゴリの知識を総動員して考える。映画の動員数とそれに関連するアトラクションをTDR、USJが展開したときの来場増加数から推定(p.166-180)。消費者調査データの読み方についての非常に実践的なアドバイスも重要。絶対値は怪しいが相対順位は比較的正しい。質問のバイアス。プレミアム価格の場合、実際にはお金は払わないテスト時と差異が出ること、など(p.190-204)。もちろん、消費者の購買意向を探るコンセプト・テストとコンセプト・ユース・テストもさすがP&Gアメリカ本社で鍛えたもので、ここまで具体的に書いてあるのは驚嘆する。

数学的内容についてはこの本だけでなく、元になっているA. Ehrenberg, "Repeat-Buying"という本を参考にすべきなのだろう。
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坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)

Author:坂間 毅 (Sakama Tsuyoshi)
数学の哲学を専攻して研究者を目指し、20代のほとんどを大学院で長々と過ごす。
しかし博士号は取らずPh.D. Candidateで進路変更。
哲学と特に関係なくIT業界に住んでいる。

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