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中根千枝『タテ社会の人間関係』

タテ社会の人間関係―単一社会の理論 (講談社現代新書 105)タテ社会の人間関係―単一社会の理論 (講談社現代新書 105)
(1967/02/16)
中根 千枝

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原著1967年。社会人類学の視点から、日本社会に類型化される単一社会の社会構造を描き出したもの。まさに、不朽の名著。40年以上経つ現在でも、日本社会の基本構造について大きな説得力を持つ。必読である。

著者は、社会の人間関係を主に二つの要素によって構成されると見る。それは場所と資格である。資格とは個人の何らかの属性であり、例えばインドのカースト、ヨーロッパのギルドを始め、職業別団体などでよく見られる。一方で場所による人間関係は、同郷の集まり、同じ企業の社員など。日本以外では資格によって個人が結びつくことが多いのに対し、日本では場所による結びつきが多いと見る。

例えば婚姻による家族概念の変化についての分析が面白い。日本では外部から配偶者を迎えた場合(嫁入り・婿入り)、家という場所を構成する者として家族と認められる。逆に、血縁関係がいかにあっても、「家」から出ていった兄弟家族は別の集団として扱われる。著者によれば、インドではこのようではない。インドでは他家に嫁いでも、嫁ぎ先の家族関係より、元の家族関係が強い。日本では元の家族関係が薄まるため、嫁姑問題が起こるが、インドはこうはならない。

さて資格ではなく単に場所において人間関係が構成されるとき、集団内の序列はどう決定されるか。資格であれば、技能の巧さなどで序列ができる。単に場所でのみ結びついている手段の序列を構成するのは、集団に属してからの年数くらいしかない。これが会社であれば、年功序列制度となる。また社会全体であれば敬老精神となる。どんな資格を持つかでなく、どれだけ場に属したかで評価される社会。ここでは転職が極めて難しいことは明白である。

場に属することを重視する社会では、場の協調を重んじる。かくしてリーダーのいない、意思決定の曖昧な集団ができる。こういう社会では契約の概念が薄い。契約に基づいて資格を持つ人が集合し、契約が終われば解散。日本ではなかなかそうはいかない。仕事後の飲み会を含め、契約外でも場への全人的な貢献を求める。だがこの集団は、一つの方向にまとまったときは絶大な力を発揮する。日本の戦後経済成長がそれ。また、資格を限定しないことで、各個人は柔軟な役割を果たすことができる。職能を越えたローテーションなど、資格に基づく社会では難しい制度だ。

著者は、日本を場に基づく社会であると断定しているのではない。人種・文化的に比較的均一な「単一社会」では、このような社会構造を取る。著者は日本社会から、その単一社会の要素を抽出しているだけだ。この日本社会の一面は、おそらく戦後経済成長期にしか当てはまらない。著者の思いとは違って。明治維新によって江戸時代が見えなくなったのと同様、戦後経済成長は戦前期日本を見えなくしてしまった。戦前期は期間労働が主で終身雇用制は稀、企業でもM&Aが非常に盛んだった。だが、現代日本社会の一面を理解する理論モデルとしては極めて有用である。私は本書を読んで、自分がずっと感じていた日本社会での生きにくさを言語化できた。
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