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アンソニー・ギデンズ『近代とはいかなる時代か?』

近代とはいかなる時代か?―モダニティの帰結近代とはいかなる時代か?―モダニティの帰結
(1993/12)
アンソニー ギデンズ

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社会学者ギデンズによる、近代の分析。現代をポストモダンとして捉えることに反対。モダニズムがより進んだ、ハイモダンの時代であると見る。近代を生み出した要素、近代を支える要素を分析し、その進展の先に本当のポストモダンを見据える。

ギデンズによれば、モダニティを生み出す要素は三つ。(1)時間と空間の分離。時計の普及や世界標準時の制定で、時間は個々の社会から切り離された。空間も、様々な情報伝達手段の発達により、自分の生活場所から切り離され、均質的な単一空間となった。(2)脱埋め込み。貨幣システムに顕著だが、近代が備える様々なシステムは局所化されていない。ローカルに存在する価値を脱埋め込み化し、普遍的に流通可能とすること、それが貨幣システムだ。(3)再帰的秩序化と再秩序化。近代の様々な帰結は、再帰的に作用する。伝統社会では、伝統という過去を行為が根拠としていた。近代ではそのような基盤はない。行為は、行為自身を再帰的に根拠とする。

こうして駆動されるモダニティは4つの特性を持つ。(1)資本主義、(2)産業主義、(3)監視(情報の国家管理と権力の中央集権化)、(4)軍事力。この4つから複眼的に近代を見るのがギデンズの特徴だろう。例えばマルクス主義の分析は、資本主義とそれと混同した形での産業主義、という側面しか見ていないと批判される。この四つが生み出す問題が、(1)社会の階層化(資本家層と労働者層)、(2)自然環境破壊、(3)国民を監視する国家と全体主義、(4)核戦争の脅威となる。

それに対してギデンズが訴えるのがユートピア的現実主義。一見矛盾したこの物言いに、ギデンズはポストモダンを見る。それはユートピア的に見えつつも、それに至る芽は現実に存在する。上の4つの問題に対して、(1)労働運動、(2)エコロジー運動、(3)言論の自由と民主化への運動、(4)平和運動があるとされている。

だが特に面白かったのは、信頼についての分析だった。近代の様々なシステムは抽象的だ。誰もその原理を完全には(どころか全く)把握しないで、そのシステムに身を委ねている。例えば、自動車の運転、飛行機に乗る、などが分かりやすい。我々は専門家が作る抽象的なシステムを信頼している。そして、専門家とはこれらシステムと人々の接点となる。専門家への信頼が、システムへの信頼となる。このような信頼は何に基づくのか。ギデンズは、そもそも他人を信頼し、他人に信頼されるという「存在論的安心」から論を起こす。取り上げられるのがエリクソンの幼児心理学。幼児は、保護者の一貫した行動や思いよりから信頼を学んでいく。そして、保護者が求める一貫性に応える形で、自分の衝動を抑制し、一貫した自我を形成していく。

こんな時代にどうして狂気に陥らず生きていけるのだろう、ということが昔から気になる自分には、近代の抽象的システムへの信頼、という論点は面白かった。

全体的にすっきりした分析。さすがギデンズ。だがすっきりしているがゆえの物足りなさも感じた。
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