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ヴィラヤヌル・ラマチャンドラン、サンドラ・ブレイクスリー『脳のなかの幽霊』

脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)脳のなかの幽霊 (角川21世紀叢書)
(1999/08)
V.S. ラマチャンドランサンドラ ブレイクスリー

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これは非常に面白い。興奮をもってページをめくっていった。幻肢や幻覚、病状否認といった奇妙な現象を扱っていることもある。しかし患者とのエピソードを作り上げる巧さ、また大胆な仮説とそれを検証するための鮮やかな実験。例えば鏡を使った箱によって、「幻肢を切断する」話など、様々な事柄を考えさせられる。これは素晴らしい才能だ。

特に引かれたのは「脳の中のゾンビ」の話。視覚に関しては複数の情報の流れがある。一つは頭頂葉に至る、物体がどこにあるかを認識する経路。もう一つは側頭葉に至る、物体が何であるかを認識する経路。後者を欠損した場合、その視野の範囲に物は見えない。だから、本人はその物の存在には気付かないが、その形については「推測」で分かるのだ(p.120ff.)。

また、側頭葉の損傷により、自分の半身麻痺を決して認めない患者の話も面白い。右頭頂葉の損失が左脳の現実認識のチェックを無くしてしまう。結果として、事故の前の身体イメージを更新することができない(p.181ff.)。この話を控えめながらフロイトの否認の話につなげるのが面白い。

ただ、後半は少し思弁的で、疑問を抱くところも多い。笑いの分析は、私にはかなりポイントを外しているように思えた。

また、クオリアを持たない「ゾンビ」の思考可能性について批判しているところ(p.296)も奇妙だ。著者は、論理的に可能なものの想像と、現実に可能なものの想像を区別している。光速より速く移動するものは想像可能だが、一般相対性理論からそれは現実に不可能だと。だから、クオリアを持たないゾンビが想像可能でも、それが現実の自然現象の説明に寄与するとは限らない、と。これはおかしい。光速より速く移動するものは、想像不可能である。それは、「光速」「速い」「移動」の意味が現代の物理学の意味であれば、不可能だ。光速より速く移動するものを想像したつもりで、それは想像ではないのである。

さらに、クオリアの議論も妙な感じを持った。著者が論じているのは、質的同一性にまつわる議論である。色盲などあるクオリアを持たない人でも、脳の神経接続が適切に行われれば、確かに私が感じるクオリアと同じクオリアを持つだろう。だが、それは質的に同一なクオリアに過ぎない。私が持っている、このクオリア、クオリアの数的同一性の問題はこの議論から抜け落ちている。

ともあれ、素晴らしい本だった。特に哲学方面に関心のある人は必ず読むべき本だろう。メルロ・ポンティなんて読んでいる場合ではない。
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