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網野善彦『日本の歴史をよみなおす(全)』

日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)日本の歴史をよみなおす (全) (ちくま学芸文庫)
(2005/07/06)
網野 善彦

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実に面白い。日本史の常識とも思われる事柄を疑い、もう一つの側面をたどっていく。きわめてエキサイティング。読んでいて興奮させられる本だ。前半は14世紀に日本社会が大きな変動を経たことを、様々な側面から論証する。文字の使用、貨幣流通、被差別階級、宗教、女性の地位、天皇の権威などについて。14世紀以前の日本が、これらのポイントについていかにそれ以降と違っているかが明らかにされる。同時に、14世紀以降の視点で安易にそれ以前を見ることへの警鐘でもある。

後半は実に素晴らしい。百姓=農民という等式がいかに誤っているかについて。それが奥能登の時国家についてのフィールドワークを通して、エピソード的に語られる。調査していくうちに、自分たちの「百姓=農民」等式が崩れていく過程を追体験できる。実にドラスティック。それに対する新聞記者の無理解さが笑える。

水呑百姓、小作人は貧しい農民、と教科書では教えられる。だが彼らはむしろ、田畑を持てない貧しい農民ではなく、持つ必要のない、他に本業を持つ商工業者なのだという話は目から鱗が落ちる。日本の税制が基本的に農本主義。だから、登録上は彼らも田畑を割り当てられ、それに従って税を課される。だがそれは行政管理上の話。もちろん、文書として残されるのは行政管理に関するものが圧倒的に多い。だから、実態は見えなくなりがちなのだ。この事例が示唆する歴史学上の論点は豊富だ。

ついで、海洋国家である日本の姿。いかに律令国家が陸運を中心にして、陸路を整備しても、結局海路が復活していく過程。公式には陸路なのだが、島国日本には海路が使いやすいのは明らかだ。

米を税として陸路で都に集める行政。その傍らで、様々な物品が海路でやりとりされていた。この海路のネットワークは、行政の外にあるアンダーグラウンドなものとなる。そこでその安全を保証するものとして悪党や海賊が出てくる。彼らは無法的な存在ではなく、保証料を払えばきちんと安全を保証する。別の海賊で安全を保証された船は、他の海賊は襲撃しない。また安全だけでなく、為替や手形の支払を保証する。これらは行政の管理外だから、行政からは疎まれ「悪党」と呼ばれる。だが実態は大きな意義を持つものなのだ。

そして実は後醍醐天皇は、農業を中心とする農本主義の考えから、これらアンダーグラウンドな海路を取り込んだ考え、重商主義へと展開する。これを完成させたのが室町幕府だ、という視点が面白い。そしてそれが太閤検地を経て、再び徳川幕府で農本主義へと展開する(鎖国政策などその特徴的なものだ)。

日本は農耕民族だ、という視点がいかに一面的かが知られ、きわめて面白い。基調となる農本主義と、伏流として流れる重商主義。この基本的構図は現在の日本でも見られるように思われ、示唆的だ。日本人には手に職を持つのが得意だ、農業やものづくりだという言う意見。しかし日本は、きわめて早い段階に貨幣が一度流通し、海運を中心として物流が盛んであり、デリバティヴだって大坂・堂島が初出というではないか。一方で日本は、かなり大きな商業国家だった。

教科書で刷り込まれた「日本観」がいかに一面的かが伺われる。素晴らしい本だ。誰もが読むべき本だろう。個人的には、江戸時代の女性の地位の話が懐かしかった。江戸時代の女性は、男尊女卑の下にあったように言われる。そんなことはない、女性はいまよりもかなり自由だった。単に、建前上、離縁の義務が夫にあっただけだ。だが教科書では、女性の地位は低く、結婚してしまうと自由もないとされていた。このことを巡って、教師と論争したものだ。教科書に書いてあることしか信じられない狭小さを笑ったものだった。


amazonに読書記掲載。「非人」はNGワードらしい。たしかに差別語なのだが。だとすると差別に関する学術本の読書記はほとんど掲載不可能だな。
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日本中世史を専門とする著者の大学の講義に基づく。日本史の常識ともいえる見解に対し、異なる見方を提示していく。平易な語り口で書かれており、読みやすい。しかしその平易な語り口から見えてくるものは、まさに目から鱗が落ちるようなものだ。実に素晴らしい本である。

前半部は13世紀の日本社会の変動について。著者は、13世紀をもって日本の社会は断絶的に変化した、と語る。その自説を様々な分野において検証していく。文字、貨幣、宗教、女性の地位、天皇。どれも重要な問題であり、多くのことを教えられる。平民に普及した平仮名と、神聖な意味を持った片仮名。古代早くからの貨幣の使用と、中世における市場。宗教の話では、「非人」と呼ばれる人たちは必ずしも卑しめられていたわけではない、と語る。通常の捉え方とは異なる見方を慎重に提示する。天皇の直属民だった神聖な民が、やがて卑賤される民へ転化する筋は、かなりよく書けている。また、江戸時代の女性がかなり自由だったという話は、きちんと押さえておくべきだろう。明治以降、いつの間にか過去は男尊女卑だった、とされてしまったのだから。

最高に面白いのは後半部。ここでは日本社会が農業社会か、と問う。そして「百姓=農民」という等式に疑問を呈する。商人や海賊などの姿を描いていく。思えば日本の行政は、農地を基準に管理する。農本主義である。だから管理上の資料は、農地に関するものが多い。そして後世まで長く保存される資料は、行政管理上のものが多いのだ。したがって、歴史資料の多寡を見る限り、日本は農業社会である。だが本当にそうだったのか。

奥能登の時国家を題材として、「百姓=農民」という図式が崩れていく過程を描いた章は実に素晴らしい。研究の進展を追体験できる。時国家は大型船を所有して海運を行い、金融業まで営んだ大富豪だった。しかし行政上は「農民」である。また、時国家で働いた人たちは、船で日本を飛び回る。だが行政管理上は彼らも「農民」でなければならない。だが彼らに耕地はいらない。だから名目上、土地を他から借りているだけの「水呑百姓」「小作人」である。教科書では水呑百姓と言えば貧しい農民である。だが、そうではない。彼らは土地を持てなかったのではなく、持つ必要がなかったのだ。そして、「百姓=農民」図式から抜けられない新聞記者の話は笑える。

ハイライトは、農本主義と重商主義のせめぎ合い。行政は農地を基本とするから、商業ネットワークは行政の管理外。したがってアンダーグラウンドだ。そこで海賊などが海運や手形流通の確実性を保証した。著者は、後醍醐天皇とその後の室町幕府のやったことは、農本主義から重商主義への転換だと述べる。アンダーグラウンドだった商業ネットワークを活用することにより、既存の秩序の改革をはかったのだ。豊臣秀吉の太閤検地などを経て、元に戻ってしまうが。

読みやすい本ながら、読めば読むほど驚かされる稀有な本である。歴史に対する多様な見方を涵養するのに、とても役に立つ。教科書で日本史を学んだ人なら、一度は読んでその歴史観を相対化すべきだ。誰もが読むべき一冊である。
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