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田島正樹『スピノザという暗号』

スピノザという暗号 (クリティーク叢書)スピノザという暗号 (クリティーク叢書)
(2001/06)
田島 正樹

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読解する者の哲学と、読解される哲学がぶつかり合う。哲学史研究はこうでなくては。単なる知的ゲームに終始する哲学研究者が増えている。そんな中、この著者は数少ない行動する哲学者である。哲学が自分の生きるスタイルになっている人だ。

著者自身の哲学には共感するところも多い。未だ来たらざるものとしての未来。あらかじめ確定した真理の全体を求めず、過去との整合性のなかに真理を見る。そして常に偶然の未来に開かれてあること。本書は自身の哲学を語るものではないので、説明が薄くよく分からないところもある。例えば、言語の成立による自我主体の構成の話は、よく分からなかった。

いくつか論点を拾っておく。まず、未来の出来事について我々は一切指示できず、語ることができないという点について。これは一見、納得できる。だが、例えば2010年ワールドカップの優勝国について議論している人たちは、何をしているのか?著者によれば、「それぞれの発話が同じ出来事に言及していると考える必要はない」(p.59)。それは我々の言語直観に反する。著者によれば、ここで指示されているのは「2010年ワールドカップの優勝国」という存在者ではない。それはまだ存在しない。そうではなく、そうした条件を満たす「不特定の存在者がある(だろう)」(ibid.)ということなのだ。この存在者とは何か。語れないなら語れないというべきだ。著者は未来様相の意味論について何かを言おうとしている。それは何か。

存在論の基準としては基本的にクワインを受けて入れているようだ。だが、クワインの存在論的コミットメントの議論はあくまで、その理論が何を存在すると主張しているかの規準でしかない。実際に何が存在するかの規準ではない。さらに、それは意味論として集合論を用いた通常の意味論的付値のやり方を前提とし、集合論についての通常の(ナイーブな)存在論を前提とするものだ。例えばトポスを使って意味論を与えたら、存在論的コミットメントはどうなるのか?少なくともあの議論は、そうやすやすと受け入れることのできるものではない。

真理について実在論を採らず、著者は整合説を採る。スピノザもそうだと見ている。だが、そうすると複数の整合的な知識体系があった場合、どれが真理なのか。著者は、スピノザはここで真理の実在論を採ることにより、真なる知識体系が一つに確定しているとしていると見ているようだ。まず、著者は整合説を採り、そして反実在論・直観主義を援用する。だが、スピノザ自身は神の存在論的証明に顕著なように、二重否定除去を明確に用いている(p.118)。また、直観主義といっても様々なバージョンがある。既存の知識と整合的なものが真理を構成すると著者は言うが、整合的であるとはいかなることか?

もし真理が実在論的に確定していることを外すなら、いまの知識が真理であることをいかにして確保するのか?我々がいま夢を見ていないとどうして言えるのか?次の瞬間にあなたは目覚めるのではないか?著者はどうも、整合的で矛盾のないものは唯一であり、それが現実だと考えているようにも見える(p.80,125)。夢や作り話は必ずどこかで矛盾している、と。

スピノザの心身問題についての読解はかなり難しい。物質と精神の完全な平行関係ではなく、因果関係による思考がどちらにも適用可能だ、と弱めているようにも読める。ポイントが今ひとつ分からなかった。

倫理については基本的にニーチェ、ドゥルーズ的な読解。生成の無垢をうたう。理性的に規制し、否定する合理性から、コナトゥスを最大限発揮させる合理性へ。つまり、モラルからエチカへ。社会契約説や自然権に対するスピノザの考えをここで導入してくるのはよく書けていると感じた。倫理を扱った第五章は著者の強い思いがこめられた、迫真の章だ。

確かにそれ自体、悪であるような出来事はない。生成は無垢である。だが同時に、次のような文章に一抹の不安を覚えるのもまた確かだ。この点では一方でアドルノやレヴィナスに与したくもなる。

「おそらくは、ファシストの支配でさえ、たんに否定的なものではありえないだろう。さもなければ、それが実効的支配をなしうることも、一定期間存続することさえできなかったにちがいない。悪の力は、そのなかに含まれた善なのであり、そのかぎりで純粋の悪は存在しないのだ。」(p.239f)
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