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ポール・ウィリス『ハマータウンの野郎ども』

ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)ハマータウンの野郎ども (ちくま学芸文庫)
(1996/09)
ポール・E. ウィリス

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amazonに読書記掲載。
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素晴らしい名著。イギリスの白人労働者層についてのフィールドワーク。特に、彼らの教育と労働のつながりに焦点を当てる。この本の問いは、彼らがなぜ、厳しく地位も低く見られる手労働を自発的に進んで選んでいくのか、ということにある。そして、そのことが社会にとって何を意味するのか。

前半は学校における白人労働者層の子供たち、「野郎ども」(むしろ、「不良たち」)について。教師や学校の権威に反抗する彼らの言動が何を意味するのか、著者はフィールドワークから鮮やかに描き出す。学校が押しつけてくる、誠実さや真面目さの文化に同化することはない。それを異化differentiationし、その無効性を暴き出す。学校は努力すれば誰でも成功する、といったメッセージを伝える。だが、人にはそれぞれ様々な文化や才能がある。労働者階級の子供たちには、おのずと限界がある。現在の楽しみを学校に留保され、将来の見返りを得るのは割に合わない。彼らの反抗は、学校の描くメリトクラシーの取引への反抗である。

そして著者は、この野郎どもの反学校文化が、労働者層の労働観と結びついていく様を描く。ここが本書のハイライトだ。学校は勉強によって精神的生産に価値を置く。それに反抗する野郎どもは、手仕事をむしろ高く評価する。かくして工場での手労働を誇りを持って選んでいくのだ。ここには大きな皮肉がある。現状の社会が持っている精神労働/肉体労働の価値順序を批判した彼ら。だがその結果、肉体労働を自発的に選ぶ。このことは、まさに社会の価値順序を支える。努力すれば誰もが価値の高い精神労働をなし得る、と宣伝しつつ、実際は誰かがきつい肉体労働を引き受けなければならないのだ。わざわざきつい仕事を自発的に選んでくれれば、都合の良いことこの上ない。

著者はこのように、社会秩序を転覆させるような要素をもつ文化が、社会秩序の構造のなかに吸収されていく様を描く。かくして労働者階級は再生産されるのだ。だが、著者は単なる構造主義を取るのではない。確かに文化は構造によって規定される。だが構造を生み出すのも文化である。著者は最後に、構造を転覆させるかもしれない、文化の生産的側面に一縷の望みを託して終わる。

前半の描き方が何より素晴らしい。後半は理論的記述であり、社会学的思考に慣れない人には抽象的できついかもしれない。ブルデューの再生産論や、マルクス主義の基本発想を押さえていることが必要だ。ブルデューの文化的資本の概念を導入してくるあたり(p.310f.)は、生煮えの感を抱いた。

教育と社会形成の関わりについて考えるには必読の書である。こういう不良たちは日本の学校にもいるが、彼らは背景となる階級文化を持たない。そのことがどんな問題を生みだしてくるか。日本の現状と対比する上でも、多くの視点を与えてくれる本である。
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