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田川建三『キリスト教思想への招待』

キリスト教思想への招待キリスト教思想への招待
(2004/03)
田川 建三

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いつも通りの田川節。痛快な皮肉。ときおり暴走する文体もまた楽しい。こういう視点を持つことができ、また書くことができる力量には圧倒される。必ずしも内容には共感できないが。

キリスト教の典型的な思想から四つを取り上げて、キリスト教思想(というより田川思想)を語る。四つとは、自然神学、隣人愛、救済、終末論。自然神学の章では、人智を越えた自然の精緻さ、美しさを語る。そして、その価値を損ねる、現代文明批判へと。キリスト教の肉体への固執というポイントが気になった。復活は、いまのこの私の身体をもって行われる。単に魂が救われるのではなく、この世界に生きる私の身体とともに。著者はグノーシス思想と対比させつつ、キリスト教がもつ生への讃美を語る。

隣人愛の章では、キリスト教と原始共産主義について。この世で富をなすかどうかは偶然や、もって生まれた物による。だから必要以上に築かれた富は、運悪く貧しくなった人々のものである。確かに、当初の修道士たちの生活はこうした互助組織に近かったのだろう。

救済論は面白い。キリスト教は救済、救済というが、いったいキリスト教は人々を何から救済したのか。著者の答えは、既存の宗教権威から、である。終末論ではヨハネの黙示録の特異性を取り上げる。新約聖書を読むとき、黙示録のあまりの異質さに当惑した私には、かなりためになる読解だった。

著者の熱い思いが先行している本なので、議論として見れば穴も見つかるだろう。少し気になったこと。『創世記』において、神は人間に動植物を支配させるようにした、とある。ここからキリスト教思想における人間中心主義を読み込むのは、よく行われる。確かにこれは性急であろう。著者はかなり必死でこれを否定しようとする。一方で著者は、福音書の一つのたとえ話から、それが保険や年金などの現代の福祉制度へと話をつなげる。キリスト教思想に友愛の精神を読み込むのも、よく行われる。この二つは、よく似た議論構造ではないか。
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