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朝永振一郎『物理学とは何だろうか(下)』

物理学とは何だろうか 下    岩波新書 黄版 86物理学とは何だろうか 下  岩波新書 黄版 86
(1979/01)
朝永 振一郎

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すごい。恐れ入った。上巻が素晴らしかったので、下巻もだいぶ期待していた。それを遙かに上回る内容だった。稀有な名著とされるだけはある。

上巻はカルノー、クラウジウスらが熱力学の基本原理を発見するまでだった。下巻は主に、それとニュートン力学をいかに調和させていくかを巡る。ボルツマンが議論の主題で、マクスウェルがそれを補佐するように出てくる。

熱力学の原理を分子運動論からいかに説明するか。気体の振る舞いを分子運動論で説明しようとするなら、説明項となる分子は膨大な数に上る。それらすべての初期条件を設定し、微分方程式を解くなどできるわけがない。そこで確率論的な考えが持ち込まれる。ここで持ち込まれる確率とはいったい何か。そしてそれがニュートン力学の決定論と調和するのか。また、エントロピーを巡る問題。ボルツマン方程式から、エントロピーは常に増大するという結果が出る。これとニュートン力学における運動の可逆性はどう調和するのか、というロシュミットの疑念。

これらを巡るボルツマンの苦闘が描かれる。その書きぶりは圧倒的。とても分かりやすい。適切なポイントを押さえた解説だ。最後には確率は主観的確率として解釈され、物理世界の決定論と調和すると考えられるようになった。その後のポアンカレやツェルメロの再度の疑義、またアインシュタインへのつながりも示唆的。

著者の見立てでは、物理学はガリレオが実験を用いたことが決定的だ。単なる眼に触れる自然現象を観察するのではなく、人工的な環境を実験によって設定すること。確かに、軽い物は重い物よりも遅く落ちる(空気抵抗により)。動かした物は、止まる(摩擦力により)。物理学の探究には、人為的な実験が必要だ。さらにそれは、仮説を立ててそれを検証するような実験を考えていく、という風に展開するとされる。

自然のヴェールを無理矢理はがすものとしての物理学批判は、ハイデガーを思いだした。地質学はそうではない自然科学の姿かもしれない、というコメントは示唆的だ。
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