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ステファニー・クーンツ『家族という神話』

家族という神話―アメリカン・ファミリーの夢と現実家族という神話―アメリカン・ファミリーの夢と現実
(1998/03)
ステファニー クーンツ芹沢 俊介

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「まるで家庭だけが、職場や市場や政界やマスメディアの完璧な無責任体制から個人を守ってくれる存在のように見える。(中略)彼ら【職場・市場・政界で社会的平等を求める多くの人々】が価値観を維持できないことを家族の危機と呼ぶのは、肺炎を呼吸の危機と呼ぶに等しい。たしかに肺炎にかかればスムーズに呼吸できなくなるけれども、肺炎患者に正しく呼吸してくださいとか呼吸方法を指導したりしても病気は治らない。」(p.401)

アメリカの家族制度研究。男が家庭の外で働き、女が子供を育てる。「愛情に満ちた」家庭が「正しい」子供を育み、いい社会を作る。そんな社会の準拠点となる家族像を、幻想として退ける。そんな家庭はまずもってあまりなかった。元々家庭はそれぞれ多様なもの。また、そういった家庭は様々な抑圧と犠牲の上になりたっているものだ。

ポイントはそういった「伝統的」家庭を取り戻すことによって、社会の諸問題が解決されるとする保守派に対して、それは幻想だと突きつけることだけではない。そういう家庭へと戻れれば確かに解決するだろうけど、それはできないから、対策を考えなければならない、とする考えにも批判を加える。後者もまた、伝統的家庭が損なわれたことへの代替案を考えることでしかないからだ。

社会を構成する基本的単位として、独立した自助的組織としての家庭。その家族像がいかに形成され、だが実際はどうだったかを著者は明らかにする。例えば家族の「自助性」は住宅ローンの補助など、多くの政策に支えられていた(p.120)。住宅ローン補助や減税政策などが与えられていることを抜きにして、貧困層への福祉予算が多すぎるなど批判するのはおかしい。伝統的家族像は自発的に発したものではない。それは政府の政策のなかで「作られていった」ものだ。だから、社会の利己的個人主義に対して、私的感情(「愛情」なるもの)をもつ家庭を基盤とした道徳の復活により対抗する人々は本質を誤解している。社会とは一線を画した、プライベートな環境として家庭を構築することそのことが、コミュニティーにおける社会的・政治的義務の否定をもたらし、なによりも個人主義を生んできたのだ(p.157)。ただ、社会に個人主義が跋扈したのは女性の社会進出によるものだ、という主張に対して著者が反論するとき、それを単に消費文化や道徳心を欠いた企業のせいにする(p.261f)のはいただけない。

こうした社会の動きを簡潔に表している、母の日のエピソード(p.228)は極めて面白かった。19世紀後半に生まれた母の日は、南北戦争の体験の後、平和を求める女性たちの運動を記念して設けられた。つまりそれは、複数の女性による組織的な政治的・社会的活動を知らしめ、記念するものだった。だが、その考えは女性参政権運動に反対する人々などの圧力の下、失われていく。かくして1914年5月8日、第63回国会で母の日が採択されたときには、家庭生活とプライベートを讃える日となってしまった。いつのまにか、家庭における一人の女性、つまり母親を記念するものとなった。後は「自分の母親に感謝しましょう」と商業主義に乗せられていく。「母の日の歴史は、私的生活の聖域化と商業化が同時に起こった過去百年間の歴史の縮図」(p.231)である。

著者の結論は、こうした社会的に孤立した家族像を打破して、社会全体で子供の面倒を見るようにすることだ。子供をその親に帰属するものではなく、社会全体に帰属するものと捉える、ネイティヴ・アメリカンの例などが引かれる(p.336)。家庭や子育てにおける、地域コミュニティーの役割を復活させることである。多くの人が都市近郊へ移動したりして、旧来のつながりを失っている現在では、政策的にコミュニティーを構築しなければ難しいだろうけど。

アメリカの話なのでそのまま日本に通用する議論ではない。例えば、黒人層の問題など人種的な話はアメリカ固有のものだ。日本にある「伝統的」家族像は、郊外に住む、働く夫と専業主婦の核家族ではなくて、むしろ、祖父母と同居する「大家族」(サザエさん的)のほうだろう。だが、社会において道徳が失われつつあり、それは家庭のせいだ、とする議論は日本でも山ほどある。家庭の多様性を認めない人々を眼にして、片親の子供や同性愛の人たち、不妊の夫婦などがいかに不必要な自責の念に駆られ、肩身の狭い思いをしているか。日本の問題を考えるにも、本書の見解は傾聴に値するものだ。
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