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山田晶『アウグスティヌス講話』

アウグスティヌス講話 (講談社学術文庫)アウグスティヌス講話 (講談社学術文庫)
(1995/07)
山田 晶

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素晴らしく含蓄に満ちた言葉。高名なキリスト教学者による、一般信徒向けの講話集。アウグスティヌスを枕にしているが、特にアウグスティヌスの思想に依ったものではない。アウグスティヌスの思想形成における母親と内縁の妻の役割というやや特殊な話題に続いて、扱われている話題は次の通り。煉獄と地獄の違いについて。三位一体論。悪と神義論。終末思想。日曜日の意義。このうち、日曜日の意義については、現代社会の喧噪に対するため息に終始していると思え、他とはやや趣が違う。

平易な言葉で語られるその内実は、はっとさせられるものもある。煉獄論などは実に素晴らしい。煉獄は地獄とは違い、復活までの時を過ごした後に報われる、限定的な罰の場である。これは原始キリスト教には無い概念。著者はなぜ煉獄という考えがキリスト教の中に生まれてくるか、その心情的な過程を明らかにする。生きているうちには贖えなかったが、キリストを信じた以上、罰を受ける場として。そして煉獄の思想に、死者に対する祈りの意味があると説く。仏教者への批判として、仏は悪人をも救うなら、それは地獄ではなく煉獄であると語る(p.87)。

三位一体論は、複雑な議論の中からカトリックのエッセンスを採りだしてくる技量が凄い。あくまでカトリック側の議論なので、ギリシャ正教の側からは不満も残るだろう。特に、西方教会がニケア信条に付した、聖霊は父および「子から」発するという言葉へのコメントは(p.126)。著者は、この付加をしても実質的には何の違いもなく、単にニケア信条を堅持するかどうかの違いだと語る。また、その背景となる父・子・聖霊の間の、東方教会の直線的な考えはアリウス派に陥らないとしても、プロティノスの流出論の影響にあるものだ、と。これは少し違和感を覚えた。また、西方教会のペルソナとしての神の捉え方を、父の子への愛としての水平的なPersöhnlichな関係と、人間の神への理解と愛という垂直的なPersöhnlichな関係と、二様に解釈する。著者は、エックハルトのPersöhnlichな神の突破という言葉を、人格神の表象から、真のPersöhnlichな神の理解へと読むが、果たして。

悪の問題については、よくある神義論の一形態。この世の悪は善なる世界への一過程であり、その悪の意味は復活における神の国の到来を持って明らかになるというもの(p.177f)。いつになってもこれに納得できない自分は、相変わらずイワン・カラマーゾフの徒だ。
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