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井筒俊彦『イスラーム文化』

イスラーム文化-その根柢にあるもの (岩波文庫)イスラーム文化-その根柢にあるもの (岩波文庫)
(1991/06)
井筒 俊彦

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日本のイスラム学の泰斗。ここまで分かっている人は過去にいなかったし、今後もいないだろう。凄まじい人だ。いまこそ彼の書いたものが必要とされる。日本にはこの人がいた。僥倖だ。

イスラムの文化を、コーランを中心として語ったもの。聴衆はビジネスマン。だからか、とても平易で分かりやすい。キリスト教や仏教との比較、またイスラム文化の現代的意義など。一文一文、驚きに満ちた叙述だ。

特に印象的な話題を拾えば、イスラムには聖と俗の区別がないこと(p.39)。神の創造が瞬間的に続くとする、非因果的で断続的な歴史観(p.74)。メディナ期のムハンマドの活動によって形成される信仰共同体ウンマは、それまでの氏族的な共同体のアンチテーゼであること(p.116)。コーランとハディースの解釈による法体系の構築(イジュティハード)を9世紀中頃に禁止したことが、それ以降イスラーム文化の凋落する大きな原因の一つだったこと(p.162)。イマームの不在に代わって、この世を治めているという位置づけの王と、ササン朝を思わせる神に選ばれた神権政治の王という、二つのモデルで揺れ動くイラン(p.207)。

シーア派の特徴付けは、まさにローマ・カトリックとギリシャ正教の対比を思い出させた。スーフィーの、自己の内面に降りていくことにより神を観て、自分が神になる。これはギリシャ正教の「人間神化」を強く連想させる。逆言えば、キリスト教神秘主義の図式にかなりよりかかっているようにも見える。
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