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ミシェル・オンフレ『哲学教科書』

<反>哲学教科書<反>哲学教科書
(2004/11/26)
ミシェル・オンフレ

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一風変わった、フランスの高校生のための哲学教科書。あまり評価は高くないみたいだが、個人的にはなかなかよかった。哲学の素養のない人間がいきなり読んで分かるか、といえばそれは違う。章の始めに立てられる問いは一見、身近でとっつきやすいものに見える。いわく、「君たちはかつて、人の肉を食べたことがある?」「君たちはなぜ、校庭でオナニーしないのだろう?」「君たちは携帯なしでやっていける?」云々。だが内容は教科書である。その問いをネタにして、様々な哲学上のテクストを紹介するもの。

原題のタイトルは"antimanuel de philosophie"なので、「哲学<反>教科書」が正しい。哲学の教科書に対するオルタナティヴだ。決して「<反>哲学教科書 manuel de anti-philosophie」ではない。ま、日本には<反>哲学と言いながら、実に実に伝統的な哲学しか語れない人もいるのだが。だが、教科書というにはちょっと偏向している。偏向自体は悪くないのだが、それなら対立する見解もきちんと取り上げるべきだ。章末に関連するテキストがついているのだが、そこで取り上げられるのは本文での著者の主張の支えとなるものが主であり、反対する見解のものはごく少ない。

著者の見解を披瀝する本ではないので、細かく検討しても仕方がない。だが、自由を抑圧するものとしての社会規範について語りながら(p.134)、分別を身につけ、自己決定できることこそ自由なのであり、それを構築するのが教育の目的だ(p.158)とする辺りはどう調和するのだろう。また、宗教と理性を完全に対立関係に置き、宗教はとにかく従順と盲信を要求するのであり、理性を嫌悪する(p.276,282)という考えはどうか。キリスト教哲学など形容矛盾だ、と言わんばかり。そういえばこの本には中世哲学のテキストは少ない。

それから、パノプティコンの解説は物足りなさを覚えた。あの議論のポイントは、監視員が見えないことによって、それぞれの囚人の思考の中に内化されるということだろう。それぞれが規範を内化し、自分が規範的であるように自己規制を行うようになる仕組みだ。そのポイントがまったく触れられていない。

最後に、この本にはどうもビジネスに対する敵愾心が溢れている。一般的に哲学にはその傾向がある。なぜだろう。逆に実業界は哲学的なものを求めることが多い。もちろんそれは素人話なので、間違っていたり曲解されていることも多い。だが逆に哲学は無視することが多い。ビジネスについて考えると、悪魔に魂を売ったでものように。どうしてなのだろう。
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