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吉田伸夫『光の場、電子の海』

光の場、電子の海―量子場理論への道 (新潮選書)光の場、電子の海―量子場理論への道 (新潮選書)
(2008/10)
吉田 伸夫

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1926年は量子力学の完成の年と言われる。シュレーディンガーの波動力学とハイゼンベルクの行列力学が、電子の振る舞いに関する同等の理論だと示されたからだ。だが待て、と著者は冒頭(p.3ff)から言う。これは電子を量子化しただけで、光はこの理論の中にはない。つまり「粒子の量子論」なのだ。光をも含めた物理的世界全体を量子論で扱う理論は、1929年から発展した「場の量子論」の方だ。現代の量子場の理論において主役は場であって、粒子は派生的なものである(p.165)。多くの解説書は、1926年を量子力学の完成とするために歴史を後知恵で無理矢理に解釈している。ここには二つの量子力学がある。この二つはどうつながっているのか(p.114f)。

この問題提起ですでに大きく心惹かれた。こうして原子と場という二元論を取った19世紀のマクスウェル的物理世界像が崩れ、粒子の量子論を経てヤン=ミルズ理論という形の場の量子論に至るまでの、物理学者の苦闘が描かれる。しかも微積分も三角関数もほぼ抜きで。かなり意欲的な本だ。

マクスウェルによって確立されたかに思われた原子と場という二元論は、20世紀の幕開けとともに崩れる。「新世紀の物理学は、粒子性と波動性が必ずしも排他的な性質ではなく、単一の物理現象の2つの側面であり得ることを示したのだ」(p.23)。初めの、マクスウェル的世界像へアインシュタインの光量子理論が与えたインパクトからしてよく書かれている。
単にアインシュタインの光量子理論を描くのではない。その前段階としてウィーンとボーアを書いている。ウィーンは電磁波の波長と強度が分子速度の関数になるという誤った仮定を置いた結果として、黒体放射の強度分布は気体分子運動論におけるマクスウェル分布の式とよく似たものになった。この誤った仮定の結論が、アインシュタインに光量子理論を思いつかせる直接のきっかけとなった(p.32)。また、ボーアは原子の中で電子の取りうるエネルギーが量子化されており、それゆえに最小の軌道よりも電子が原子核に向かって落ちていくことはない、と結論したが、ボーアがその電子の量子条件をプランクの量子仮説から出してくるその議論は「はっきり言って[...]メチャクチャである」(p.58)と評価している。
だがこうした間違った理論がアインシュタインの光量子理論を導いたのだ。こうした議論の運びはとても面白い。そして著者によれば、このアインシュタインの光量子理論のインパクトはとても大きい。それまで電磁波であり、原子ではなく場に属すると考えられてきた光が粒子としても見られると主張したのだ。「奇跡の年」と呼ばれるアインシュタインの1905年の3論文(特殊相対性理論、ブラウン運動論、光量子理論)がある。だが、前者二つは数年以内に別の誰かが見つけただろう。だが光量子理論だけはアインシュタイン以外に不可能だ(p.24)。アインシュタインのノーベル物理学賞受賞(1924年)の理由は相対性理論ではなく、この光量子理論である(p.41)。

光量子理論が示すことは、黒体放射におけるエネルギーの量子化は電磁波自体があるエネルギーの塊として存在することであって、電磁波の粒子性の現れであるということ(p.39,43)。ここで黒体放射のパラドクス(エネルギーがプランク定数で量子化されていると考えないと、黒体のエネルギーが無限大になってしまう)が出てこないのはなぜだろう。

ドブロイの論文をめぐる評価も面白い。アイデアばかりで実質的な計算もない奇妙穴博士論文。だが、ボーアの量子条件は、ドブロイの物質波の考えから導ける。量子条件は、電子の波動性の現れだ。(p.71f)

だが電子はどうしても粒子としての振る舞いを示す(霧箱実験、陰極線)。例えばシュレディンガーは「波動関数Ψと電子が物理的にどのような関係にあるのかという点になると、とたんに話があやふやになってくる」(p.86)。特に、シュレディンガーの考えでは、電子の粒子性についての説明がうまくいかない。1926年は電子をすべて波として解釈しようとしたシュレディンガーの野望が潰えた年でもある。(p.89)
そういったシュレーディンガーの一方で、ハイゼンベルクやディラックには古典的な粒子という考えが残っている。ハイゼンベルクは不確定性の説明で、位置と運動量は決まっているが、人間には不確実にしか知られないという解釈を述べているが、これは誤りだ。これはハイゼンベルクが古典的な粒子という考えを捨てられなかったためである(p.111)。


ひとつだけ不満を書いておくと、第6章はよく分からなかった。ここはディラックが展開した波動関数論の行列への拡張と、負のエネルギーをもつ電子と空孔というアイデアを巡る。だが電子と光の振る舞いを正しく記述する場の量子論はディラックではなくパウリらが創り上げた。ディラックの試みはまったくの間違いと評価されているのだ(p.155)。これはディラックが原子論的な考えを持っており、場と原子を(場ではなく)原子の側に統一しようと考えていたからとされる(p.134)。
したがって、ディラックのアイデアを数学的にもやや立ち入って解説する意義がよく分からない。また、「相対論では、時間と空間が密接に結びついており、その結果として、時間的な量と空間的な量が必ずペアになることが要請される」(p.136)と唐突に出てくる。そしてその後、時間的な量と空間的な量がペアになっていなければならない、と執拗に展開されるが、そもそもこの議論の動機が分からない。なぜ相対論がここで唐突に絡んでくるのだろう?ここまで相対論の話はほとんど現れていないし、またこの「相対論の要請」なるものは、この第6章の議論以降、さして重要な役割を果たさない。第6章の本全体における位置づけは私には不明だ。


amazonに読書記掲載。
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量子場の理論を一般向けに解説する、珍しい一冊。行列は出てくるが、微積分も三角関数もほぼ出てこない。通常の量子力学の解説は、1926年にシュレーディンガーの波動力学とハイゼンベルクの行列力学が同等の理論だと示されたことをもって、量子力学の完成としている。だが、それはそれまで粒子と考えられてきた電子を量子論的に扱った「粒子の量子論」にすぎない(p.3)。1929年以降に発達したのは粒子でなく場を量子論的に扱う「場の量子論」である。本書は場の量子論を正面きって取り上げる。それだけではない。「粒子の量子論」から「場の量子論」へのミッシング・リンクを、当時の物理学者の原論文を再構成しながらつなぐ試みでもある(p.114f)。

量子場の理論を扱うだけでもかなり野心的な試みだ。だが、そこへ至る歴史的過程の再構成も素晴らしい。いまだ姿の見えぬ理論を求めて、ときには混乱し、ときには間違った様々なアイデアを腑分けしていくその様は圧巻である。また、シュレーディンガー、ハイゼンベルク、ディラック、パウリといった人々の論文を辿りながら、同時にその人間味や性格を論文の中から描き出すのも、極めて興味深い。

量子場の理論が一般にあまり知られない原因を著者は三つ挙げる。(1)まともに計算ができるようになったのは1950年代にくりこみ理論ができてからであり、物理学界でも受容が遅れた。(2)難しい割には当初、観測結果の予想などの役にはあまり立たなかった。(3)有力なスポークスマンがいなかった(p.176ff)。しかしもっともな原因は、マクスウェルによって19世紀に完成させられたかに見える、原子と場という二元論を脱して「粒子性と波動性が必ずしも排他的な性質ではなく、単一の物理現象の2つの側面であり得ること」(p.23)を理解することの難しさである。

19世紀的・マクスウェル的世界像をまず崩したアインシュタインの光量子理論から始まり、シュレーディンガーとハイゼンベルクによる粒子の量子論の確立。ディラックによる光の量子的取り扱い、パウリによる電子と光の双方を扱う場の量子論の成立、くりこみ理論による困難の克服、そしてヤン=ミルズ理論へと至る道。それはまさに悪戦苦闘の道のりであり、これをこのような形で描いた著者の力量には感服するばかりである。

現代物理学の基本的考えでありながら、理解の難しい量子場の理論。本書はその姿を生き生きとした物理学者像を通して垣間見せてくれる好書だ。ディラックの量子条件px-xp=h/2πiは「正直な話、この量子条件に秘められた真の意味を理解できる人間が地球上にいるとは思えない」(p.107)と著者も言う。「現代物理学の真髄」に触れる一冊。
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