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ニクラス・ルーマン『信頼』

信頼―社会的な複雑性の縮減メカニズム信頼―社会的な複雑性の縮減メカニズム
(1990/12/10)
ニクラス・ルーマン

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信頼についての機能分析の本。議論の構図がさほど固まっている感じとは思えなく、論述がややバラバラな印象を受ける。分かるところは分かるのだが、全体の中でどう位置づけられているのかが不明な議論もあった。多産な人の著作にはあることなのだが。

ルーマンは信頼を、他人についての信頼と、社会のシステムについての信頼の二つに分けている。我々が生きている世界はあまりに複雑だ。単純な社会ではいざしらず、現代の社会はあまりに多くの可能性があり、起こる出来事はどれも「別様でもあったはず(contingent)」のものである。一見、科学技術の発展によって世界内の出来事は制御しうるようになったように見える。もし出来事が道具的に制御されるなら、信頼は不要である。だが実際は、科学技術は逆に様々な可能性を拓き、世界の複雑性を増大させている(p.26)。例えば、建築学について信頼していなければ、どうして高層マンションに住めよう。

信頼とは、このような不確定性の大きな世界において、行為を容易(というより可能)にする仕組みである。他人がどう行為するか、それがなぜなのかをいちいち判断してから自分の行為を決定する暇などない。他人の行為は自由なため、自分にはあまりに複雑性が高い。この複雑性に対する対処を、信頼が提供する。「信頼において問題となっているのは、複雑性の縮減であり、しかも他の人々の自由をつうじて世界の中に現れてきた複雑性の縮減である。」(p.53)

他人の未来の行為は、信頼されるほかない。その信頼によって、複雑な合理性へのチャンスへ増える。だから信頼は「リスクを賭した前払い」(p.39)である。「信頼は、相変わらず冒険」(p.44)であり、「信頼は、究極的にはいつも基礎づけえないのである。信頼は、目下手元にある情報から、与えられた以上のものを引き出すことÜberziehungによって成立する。」(p.43)

ルーマンはこうして、信頼のメカニズム、そして信頼が形成されてくる、いくつもの仕組みを分析する。高度に分化した社会は、複雑性の縮減のために、単純な社会よりも一層多くの信頼を必要とする。だから、それにふさわしい信頼の形成と安定化のためのメカニズムを用意している。信頼は実にさまざまな方法で形成されるのだ(p.158)。

ちなみに信頼と並んで複雑性を縮減する仕組みとして、貨幣、真理、権力も取り上げられる。これらはシステム信頼と呼ばれていて、人に対する信頼ではなくシステムに対する信頼である。これは一般化された信頼であり、個々の人格をいちいち信頼する必要がなくなるため、比較にならないほど学習しやすくなる。しかし制御は難しくなる。(p.92,107ff.)

自分には昔からルーマンの分析のやり方が取っ付きやすい。信頼のようなトピックになると心理学的分析や倫理学的分析となりがちなのだが、こうした機能分析による冷めた視点はかなり参考になるものだ。一応、社会学に位置づけられる研究なのだが、様々な問題関心に応えることができる。哲学や倫理学の人間も精読すべき本だろう。


哲学的なポイントを二つ。

・いかなるシステムも、環境の複雑性をそのまま反復することはできない。超越論的観念論はこの点を見落としている。「超越論的な観念論は「主観」ないし「意識」を世界の相関者へと祭り上げ、そうすることによって「主観」ないし「意識」を、同等の複雑性のランクに置いた」(p.45)。これはまったくその通り。だからこそ超越論的観念論は、結局「つねにすでにimmer schon」構成済みのものを必要とした。システムが作動するために、ある程度つねにすでに複雑性が縮減されていることを必要としたのだった。

・社会生活において、振る舞いが意図的であるかどうかを判定する基準は、役割であって因果法則ではない(p.75)。これはちょっと面白い。ルーマンはアンスコムを念頭に置いているんだろうか。因果法則ではないと言い切るのは疑問だが、行為と責任という観点から考えると、意図の帰属についての外在主義的な議論となるだろう。つまり、「その発言は会社としての発言か?」という追及が問題としているものは何か、あるいは靖国神社への参拝が私人としてか公人としてかという議論が問題としているのは何か。
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