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湯浅泰雄『古代人の精神世界』

古代人の精神世界 (1980年) (歴史と日本人〈1〉)古代人の精神世界 (1980年) (歴史と日本人〈1〉)
(1980/11)
湯浅 泰雄

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「日本人らしさ」として語られるものがある。慎ましさであるとか、律儀さであるとか、自然への愛好であるとか。当然ながら「日本人」なるものが歴史を超えて存在したわけではない。日本人なるものは歴史の中で成立してきたものであり、日本人らしさと言われるものもそうだ。

ところが、このことは実はそんなに自明なことではない。「日本人らしさ」の超歴史性--日本文化の根底に古代以来無時間的に続いてきた日本的特性なるものが存在するという見方--は本居宣長に始まり、柳田国男、和辻哲郎、丸山真男と引き継がれている(p.2ff)。近代の日本思想を支配したのはむしろこのような超歴史性、「日本文化観の亡霊」(p.6)であった。これは排仏論で超越的次元を喪失した江戸時代の知識人たちが、その思想の基軸を模索する中で成立してきたものであり、宣長はこうした観念的作業を離れたところで感得される日本的心性を過去に投影したのだった(p.6f)。

著者はこうした亡霊を振り払い、日本人的なものが生まれてきた歴史を語ろうとする。本書は9世紀前半、最澄と空海の時代までを扱っている。日本の土着宗教である神道と、中国からの外来宗教たる仏教がどのように交錯しつつ、古代日本人の精神を形作っていったのかが語られる。超歴史的なものとして措定されていた「日本人らしさ」はその歴史的起源を問われる。例えば、清明心について和辻哲郎は天皇に対する従順へと直接的に連結させたが、著者は律令体制を確立しようとした国家が天皇制を支えるものとして、当時の人々に理解可能な、儀礼神話時代以来の伝統的エートスである清明心の観念を利用したものだ、と読む。(p.52-58)

キリスト教によって土着宗教が一掃されたヨーロッパとは異なり、古代日本は仏教という普遍宗教を受け入れたにも関わらず、土着の未開宗教である神道は滅びなかった。その理由を著者は三つ挙げている。(1)確かに日本は中国の文化の影響を受けたが、島国だったため政治的な強制力は受けなかった。(2)仏教はもともと人々全員を救済する(したがって当の宗教以外での救済の可能性を認めない)ものではなかった。大乗仏教になってもその性格は完全には失われなかった。(3)これがもっとも重要だが、日本の古代農業が高度な発展を遂げていた。神道の祭儀はなによりも農業社会の習俗と一体になっていたため、しっかりとした基盤をもっていた。(p.15ff)

こうして神道は、おもに古代農村で生き残る。古代農村では血縁(イエ)よりも地縁(ムラ)の役割が大きい。神道は地縁共同体の宗教としてすでに力を持っていたため、地域の連帯機能を果たすものとしてずっと生き残ったのである。一方、血縁共同体という考えは古代には原則としてなかったので、それは仏教によって支えられた。かくして仏教は祖先供養の儀式を中心として発展していくことになり、こうして仏壇と神棚が同居するようになる。(p.44f,241f)

7世紀から成立してきた律令国家は各地の在地首長を支配者としてバラバラに併存していた社会から、民衆を「国民」として統一するという課題を抱えていた(p.171)。この課題を解決するものとして要請されたのが仏教であった。これに対して、神道は政治の世界から外されていた。著者は律令国家の組織体制にこれを見ている。儀礼を司る行政機関が中国の唐(礼部)では下位のレベルにあったのに対し、日本の神祗官は天皇の直下、太政官と同じ位置にある。これは政治が宗教に介入していないことを示している。つまり、古代国家政治の特徴はその無思想性、脱イデオロギー性にある。このことが逆に、神道的観念を政治情勢の変動とは無関係な日常生活の習俗的周辺に追いやったのである。すなわち、この神道的観念に支えられた神話的天皇観は、政治の混乱や権力闘争を超えた超然的権威、非政治的権威として民衆心理に定着していった。(p.75-79,83ff)

一方、国家を支える基盤としての日本仏教の成立を、著者は最澄に見ている。特に、最澄が法相宗との間で行った三一権実の論争は、かなり細部にわたって検討されている。最澄の仏性論と戒律論は、民衆社会をすべて平等な仏性として捉えたが、これは実は無理がある。最澄は戒(修行者が自らに与える行為規範)と律(僧伽集団の規則)の概念的区分を無視している。そして大乗教団にも戒、すなわち大乗戒があったと主張する。そのことにより最澄は、大乗仏教のあり方を理論的に徹底し、普遍的救済宗教の性格を与えている。だがこの大乗戒、菩薩戒は誰にでもなしうるのだから内容が薄い。そこで山岳修行のエートスをもって戒に具体的な裏付けを与えようとした。(p.138-147,171)

ここに外来の仏教と、日本古来の神道が結びつくポイントが生まれる。最澄の山家山学の理念の背景には山を清浄とする考えが流れている。これは古代神道の山岳信仰の考えである。つまり、神道的観念が仏教の修行観と結びついている(p.154)。こうして、底層の神道的習俗を仏教理論と接合することにより天台教団は定着していくことになる(p.168f)。この結びつきが、まさに日本的心性の特徴となるのである。
最澄の戒律論争は、古代神道の底層的エートスと交流し、そこから影響を受けつつ、仏教の処理念を日本に定着させる方向を切りひらいたものである。奈良仏教が--律令国家体制と同様に--大陸文明から直輸入した舶来品の域を十分に脱し得なかったのに対して、平安仏教は日本民族に独特な思考法、つまり日本的な文化と思想の型をはじめてつくり出したのである。(p.156f)


後半で著者は最澄と並んで、空海を取り上げる。特にその密教、神秘哲学を詳細に展開している。空海の関心は国家ではない。空海にとって仏教は国家の理想を示すものではない。むしろ空海は、山林修行を通して神秘的な超越的世界に参入することに関心があった。(p.183f,190)

空海は超越的存在(大日如来)を、修行者が内面的に感得する宇宙的霊的生命力のはたらきとして、実存的に捉えている。つまり、超越者を、自己の内面に内在化する超越の作用として捉えているのだ。これが空海の形而上学の核心であり、同時にその後の日本思想史において一貫して現れてくる思考様式の原点である、と著者は言う(p.224)。かくして、「空海の哲学において古代精神世界は確立された」(p.243)のである。


最澄・空海のところでは原典にかなり立ち入って述べられるため、やや読むには骨の折れるところもある。だが日本人的なものの成立という、とても重要な問いに正面から向き合った本であり、貴重な試みである。実は深層心理学の手法を取り入れているところがあり、特に空海の部分はユング的な概念を用いて解釈されている。その成否は気にしないにしても、学べることは多い。

相良亮『日本人の心』を読んだ時に思った疑問--古代からずっと続いているとされるこの「日本人」ってなんだろうーーとまさに格闘している一冊で、かなりためになった。


amazonに読書記掲載。上の縮約版。
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「日本人らしさ」として語られるものがある。慎ましさであるとか、律儀さであるとか、自然への愛好であるとか。当然ながら「日本人」なるものが歴史を超えて存在したわけではない。日本人なるものは歴史の中で成立してきたものであり、日本人らしさと言われるものもそうだ。

ところが、このことは実はそんなに自明なことではない。「日本人らしさ」の超歴史性--日本文化の根底に古代以来無時間的に続いてきた日本的特性なるものが存在するという見方--は本居宣長に始まり、柳田国男、和辻哲郎、丸山真男と引き継がれている(p.2ff)。近代の日本思想を支配したのはむしろこのような超歴史性、「日本文化観の亡霊」(p.6)であった。

著者はこうした亡霊を振り払い、日本人的なものが生まれてきた歴史を語ろうとする。本書は9世紀前半、最澄と空海の時代までを扱っている。日本の土着宗教である神道と、中国からの外来宗教たる仏教がどのように交錯しつつ、古代日本人の精神を形作っていったのかが語られる。超歴史的なものとして措定されていた「日本人らしさ」はその歴史的起源を問われる。

7世紀から成立してきた律令国家は各地の在地首長を支配者としてバラバラに併存していた社会から、民衆を「国民」として統一するという課題を抱えていた(p.171)。この課題を解決するものとして要請されたのが仏教であった。これに対して、神道は政治の世界から外されていた。古代国家政治の特徴はその無思想性、脱イデオロギー性にある。このことが逆に、神道的観念を政治情勢の変動とは無関係な日常生活の習俗的周辺に追いやったのである。すなわち、この神道的観念に支えられた神話的天皇観は、政治の混乱や権力闘争を超えた超然的権威、非政治的権威として民衆心理に定着していった。(p.75-79,83ff)

一方、国家を支える基盤としての日本仏教の成立を、著者は最澄に見ている。特に、最澄が法相宗との間で行った三一権実の論争は、かなり細部にわたって検討されている。最澄は、大乗仏教のあり方を理論的に徹底し、普遍的救済宗教の性格を与えている。そのとき、山岳修行のエートスをもってその理論に具体的な裏付けを与えようとしたのだ(p.138-147,171)。ここに外来の仏教と、日本古来の神道が結びつくポイントが生まれる。そしてこれが「日本的な文化と思想の型をはじめてつくり出したのである。」(p.157)

最澄についで空海が取り上げられている。特にその密教、神秘哲学を詳細に展開している。ここは深層心理学的、実存主義的な読解である。空海は超越的存在(大日如来)を自己の内面に内在化する超越の作用として捉えているのだ。これが空海の形而上学の核心であり、同時にその後の日本思想史において一貫して現れてくる思考様式の原点である、と著者は言う(p.224)。かくして、「空海の哲学において古代精神世界は確立された」(p.243)のである。

最澄、空海を通して神道と仏教が結びつき、「日本人らしさ」が成立してくる。日本的心性の歴史的成立という困難な問いに正面から向き合った貴重な試みである。深層心理学の概念を用いた読解への賛否は別としても、学ぶことは多い一冊だ。
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