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ジョン・ガルブレイス『大暴落1929』

大暴落1929 (日経BPクラシックス)大暴落1929 (日経BPクラシックス)
(2008/09/25)
ジョン・K・ガルブレイス

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一流の作家とはこういうものを言うのだろう。1929年のアメリカ株価大暴落を扱ったものだが、話の筋がしっかりしているだけでなく、多くの警句に溢れている。大暴落を巡る人々の喜怒哀楽、阿鼻叫喚から何を学ぶのかが考えられている。例えば、以下は特に気に入った。
悪い事態を予想するのには勇気も洞察力もいらないのであって、いいときにいいと言うことのほうが勇気がいるのだ。輝かしい未来を予言して当たらなければここぞとばかり糾弾されるが、地球終末の日を予言して外れても、誰からも咎められはしない。(p.18)
そもそも人間は知っていることばかり話すのでもなければ、知らないことばかり話すのでもなく、知っているつもりだがじつは知らないことを話すことが多い。(p.127)


先のサブプライムローンと同じく、ここでもレバレッジが問題を大きくした。レバレッジをかけた投資信託会社が流行していた(p.98ff,202ff)。危機が近づいていることを示す、ブローカーローンの増大を懸念する人たちがいたが、彼らは言われもなく不安を煽る行為として非難された(p.116f)。危機が発生してからもFRBでさえ、信用取引を停止する許可を求めるなど、取れる策はあったのにずっと沈黙していた。つまり、FRBは「自ら望んで役立たずになっていたのである」(p.62)。

著者によれば、1929年大暴落のきっかけははっきりしない。1927年にFRBが欧州による金融緩和の要求に屈して公定歩合を4%から3.5%に下げ、並行して市場から大量の国債を買い入れたことがその後の投機と大暴落を招いたというおなじみの見解はひどくいい加減な説である。だがこのFRB犯人説はカネを持たせれば国民は投機に走ることが前提になっているが、そんなバカなことはない(p.29ff)。また直接のきっかけも、市場が経済指標の悪化に気づいたとか、イギリスでのクラレンス・ヘイトリーの事業失敗(1929年9月20日)、マサチューセッツ州公益事業局がボストン・エジソンの株式分割を却下した事件(同10月11日)が挙げられている。だが、「何が最初のきっかけになったのか、それはわからない。それにたとえわかったとしても、さほどの意味はないのである」と著者は言う(p.155)。

特に暴落が始まってからの記述は映画を観るように鮮明で、とても気に入った。暴落の日のリチャード・ホイットニーによる劇的な買い支えの記述(p.170f)。また、恐慌相場が始まったとされる1929年10月24日木曜日に、パニックに陥ったニューヨーク証券取引所を見学していたのがウィンストン・チャーチル。このチャーチルこそ、1925年に実力以上の旧平価でイギリスを金本位制に復帰させ、英国経済を圧迫し、かくして中央銀行総裁モンタギュー・ノーマンをアメリカに派遣して金融緩和を懇請させた人物である。これを受けてアメリカは致命的な時期に信用供給を拡大し、株式ブームを招いた。チャーチルは自ら手を下した事の顛末を目にしたのだと言う(p.166f)。

危機後のフーバー大統領の対応があまりにも皮肉が効いているのが最高だ。ホワイトハウスでたびたび開かれた会議は何も決定しない会議であり、実は自由放任に他ならないが、それを公言することはできない。民主政治を安定して運営するためには、何もできない時でも何かやっているとみせかける装置が必要なのだ。フーバー大統領の会議は役に立たなかったという批判があるが、これは会議の本質を理解していない。(p.228ff)


錯綜した細部はよく読めなかったので、そのうちに再読することにする。この本はまさに古典であり、何度でも読み返す価値がある本だ。
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