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アミール・アクゼル『デカルトの暗号手稿』

デカルトの暗号手稿デカルトの暗号手稿
(2006/09)
アミール・D. アクゼル

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デカルトの残した草稿の中に、暗号で書かれたものがある。その草稿はどうやら幾何学に関するものらしいが、暗号・記号・図形の羅列で意味は容易に判読できない。この草稿は、いまでは失われてしまっているが、さいわいなことにこの草稿を写し、解読しようとした人がいる。ライプニッツだ。1676年6月1日、ライプニッツはパリでデカルトの遺稿を管理していたクレルスリエを訪ね、デカルトの遺稿を調査した。その中にこの暗号草稿も含まれており、ライプニッツはそれを模写、解読した。そして模写したものはライプニッツの遺稿として残された(実際にその内容が解読されたのは1987年のコスターベルであり、ごく最近のことだ)。

といった調子で始まるこの本は、本の題名からしてもその草稿とその内容を扱うものだと見えよう。ところが、序章以降述べられているのはデカルトの伝記である。それも基本的にはバイユの伝記に沿ったもので、あまり目新しいものとは言えない。力点があるとすればそれは、当の暗号草稿で献辞がなされているF.R.C.こと薔薇十字団(Fraternitas Roseae Crucis)とデカルトの関わりについて、およびなぜデカルトが幾何学に関する草稿を暗号で残さなければならなかったか、である。その他、例えばデカルトの数学・物理上の業績については主に解析幾何学の発明しか述べられていないし、哲学に至っては、デカルトの哲学は近代哲学の始まりであり、スコラ哲学との完全な断絶であるという一昔前の見方である(著者は哲学についてはコプルストンを引いている。さもありなん。)。

さてここでF.R.C.とは古代のピュタゴラス教団にも似たような、数秘術、錬金術、占星術に深く入れ込んだ、学者たちの秘密組織である。教会権力と対立したこの組織と近かったデカルトは、その関係を隠し続けた。もし関係があると分かれば、非難を受ける可能性があったからだ(p.108ff)。また、幾何学についてはデカルトは、ガリレオに対する宗教弾圧を聞いてすっかり萎縮し、教会の気に障りそうな結果を出版することを避けた(p.145)のだった。

というわけでこの本の4/5はデカルトの伝記であり、当の暗号草稿については最後の1/5で扱われている。結論を言うと、その草稿に書かれていたデカルトの発見とは、三次元図形についてのオイラーの公式F+V-E=2のことである。それが公になっていれば、デカルトは解析幾何学だけでなく位相幾何学の祖とも評されただろうと著者は言う(p.243)が、さてそうだろうか。この本の記述を見る限り、オイラーの公式についてデカルトはただ記しただけで、証明したようには読めない。

かのアクゼルにしてはいま一つかな、と思われる本だった。ライプニッツはデカルトに常時、愛憎入り乱れた感覚を持っていたと著者は言う(p.245)。ライプニッツがデカルトの草稿を調べようとしたのも、ニュートンとの微積分の発明争いの中で、ライプニッツの元ネタはデカルトだと散々揶揄されたために、独創性を示そうとしたからだと言う(p.248)。デカルトよりもはるかにライプニッツが好きな自分としては、どうも納得行かなかった。
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