Entries

内村鑑三『代表的日本人』

代表的日本人 (岩波文庫)代表的日本人 (岩波文庫)
(1995/07/17)
内村 鑑三

商品詳細を見る


原著1908年。内村鑑三が代表的と考える5人の日本人を西洋に紹介する意図を持って、もともと英語で書かれた本。5人の日本人とは西郷隆盛、上杉鷹山、二宮尊徳、中江藤樹、日蓮を指す。この時期、同様の意図をもって日本を世界に紹介し、その後の日本人像の構築に大きく寄与した本が他にもある。新渡戸稲造『武士道』、岡倉天心『茶の心』である。これらに共通することは日本そのものを描くというよりは、西洋において理解されている概念をもって日本を記述していることだ。例えば、内村鑑三の場合はキリスト教思想がそれであるし、新渡戸稲造においては騎士道精神がそうだ。

つまり、西洋が価値を置いている道徳的・倫理的規範を念頭に置き、それそのものではないが似たようなものが日本にもあるのであって、したがって西洋の基準に照らして考えても、日本は「実質的に」(virtually;その潜在力virtusをもって)西洋であり、「実質的に」近代国家なのである、という主張となる。面白いのはこれが単なる西洋における日本人の紹介でなくして、明治国家が逆にそれを日本人の規定として用い、日本の中に浸透していくことだ。こうして逆輸入された日本人像は、それなりにいまの我々を規定し続けているのである(例えばサムライジャパンとかサムライブルーとかいう言い方にそれを感じる)。

というわけでこの5人の人物像について、例えば歴史的事項として独自のものがあるわけではない。内村鑑三のその捉え方が何より興味の対象となる。例えば冒頭には日本は二千年以上に渡って世界と交わらず、鎖国を続けてきたという驚くべき記述(p.13)がある。ペリーの日本来航を占領や侵略の意図ではなく、友の訪問と見る(p.15f)のも驚きである。西郷隆盛については、陽明学の思想の影響を強く見ている。そして、陽明学はほとんどキリスト教に似たものである(p.19)から、実質的に西郷隆盛はキリスト教思想の持ち主である。彼の倫理的箴言にはよく「天」が登場し、これは彼が預言者のように天啓を受けたことを意味している(p.22f)。

他にも、上杉鷹山の様々な社会改革の中から、特に公娼の廃止を挙げていること(p.69)もキリスト教的発想と言えるだろう。さらに二宮尊徳については社会改革における道徳への着目に驚きを表し、「この人間にはピューリタンの血が少しあったのです。むしろ舶来の「最大多数の最大幸福の思想」に、まだ侵されていない真正の日本人があったといえます」(p.87)とまで評する。二宮尊徳の道徳的なものへの注目は、組織改革における動機づけの重要性とその多様性(言うなればマズローの欲求段階説みたいなそれ)を述べているものであって、一概な道徳心の涵養とは違うと思うが。ここでは優秀な政策コンサルタント、シンクタンクの代表者は、勤勉な農民、ピューリタンになっている。他にも日蓮の評価はルターに比せられている(p.174)。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/397-31aa061f

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する