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ニッコロ・マキアヴェッリ『君主論』

君主論 (講談社学術文庫)君主論 (講談社学術文庫)
(2004/12/11)
マキアヴェリ

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言わずもがな、マキャヴェリの君主論。様々なリーダーが乱立した16世紀イタリアにおいて、新たに君主となった者がどのようにしたらその権力を維持しうるかを書いたもの。平時におけるリーダーシップというよりは、戦時においてのものを念頭に書かれていると言える。焦点は法維持暴力よりも法措定暴力に当たっている。いわゆるマキャベリズムもその点から評価されるものだろう。次のような文言など。
それにしても注意すべきは、人間は寵愛されるか、抹殺されるか、そのどちらかでなければならないということである。何故ならば、人間は些細な危害に対しては復讐するが、大きなそれに対しては復讐できないからである。それゆえ、人に危害を加える場合には、復讐を恐れなくて済むような仕方でしなければならない。(p.38f)
武装した預言者は勝利し、武器なき預言者は破滅することになった(p.64)
すべての支配権[...]の重要な基礎をなすものとして良き法と良き軍隊とがある。そして良き軍隊のない所に良き法はありえず、良き軍隊のあるところ良き法がある(p.105)
必要止むをえぬ場合の戦争は正しく、ほかになんらの望みがない場合武器もまた神聖である。(p.198)


冷淡に事実を見つめる目と、強烈な論理力に驚かされる本だった。君主が貴族や市民をどのように統治すべきかについて、徹底して事実に基づいて考えるように志向している。この徹底した現実主義は清々しいものだ。次は名言である。
どのように生きているかということと、どのように生きるべきかということとは非常にかけ離れているので、なされるべき事柄を重視するあまりなされている事柄を省みない人は、自らの存続よりも破滅を招くことを学んでいるようなものである。(p.127)

論理的思考についていえば、至る所でいわゆるMECEが貫かれている。なかなかここまで徹底して書けるものではない。例えば以下は傭兵を使うことが君主の滅亡を導く、という命題の場合分けによる論法。
傭兵隊長は極めて有能であるかあるいはそうではない。もし傭兵隊長が有能であれば君主は彼を信用できない。なぜなら彼は自らの雇主である君主を圧迫したり、雇主の意図に反して他の者を圧迫したりして、常に自らの権力の強大化を目論むからである。他方もし彼が有能でなければ、その雇主は通常滅亡することになる。


もっとも気に入った一節を書いておく。
私は運命を破壊的な川の一つにたとえる。川が荒れ狂うと平野に氾濫し、樹木や建物を破壊し、ある個所の土地を削り他の個所へと運ぶ。あらゆる人々はこの猛威に屈し、踏み止まることもできずに逃亡する。川はこのように荒れ狂うのであるが、平静な時に堤防や堰を築いて防禦策を施すことができないわけではなく、こうしておけば水かさが増したとしてもそれを運河に導いたり、あるいは思いのままにその猛威をふるうことがないように、破壊をもたらさないようにすることができる。同様のことは運命に関しても言える。運命がその力を発揮するのはそれに抵抗できるような力が組織されていない場合であり、それを防ぐべき堤防や堰がないことが明らかな所にその猛威を向けるものである。(p.189f)
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