Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/408-7c26e68c

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

福沢諭吉『学問のすゝめ』

学問のすゝめ (岩波文庫)学問のすゝめ (岩波文庫)
(1978/01)
福沢 諭吉

商品詳細を見る


言わずもがなの名著。やはり相当に面白かった。学問を学ぶことがそれぞれの人にとって、そしてまた国家、政府にとってどのように重要なのかを短編集で語っている。筆致は端的で分かりやすく、また説明もうまい名文だ。後半は処世訓に近いようであまり学問の話ではなくなっていくので、前半が特に面白い。

ここで著者が「学問」と言っているのは、我々が学問という語で思い浮かべるものとは少し異なる。いまの我々にとって学問といえば、何よりも書籍に書かれているものであって、主に大学で学ばれるものであり、また学問を担うのは大学教授を始めとする学者である。著者が「学問」というものはそれよりも広い。次の文章はとても重い。
我邦の古事記は暗誦すれども今日の米の相場を知らざる者は、これを世帯の学問に暗き男と言うべし。経書史類の奥義には達したれども、商売の法を心得て正しく取引をなすこと能わざる者は、これを帳合の学問に拙き人と言うべし。数年の辛苦を嘗め数百の執行金を費やして洋学は成業したれども、なおも一個私立の活計をなし得ざる者は、時勢の学問に疎き人なり。これらの人物は、ただこれを文字の問屋と言うべきのみ。その功能は飯を喰う字引に異ならず。国のためには無用の長物、経済を妨ぐる食客と言うて可なり。故に世帯も学問なり、帳合も学問なり、時勢を察するもまた学問なり。何ぞ必ずしも和漢洋の書を読むのみをもって学問というの理あらんや。(p.20)


こうした「学問」が個々人を育てるのだし、政府を作る。すなわち、よい国民あってこそ、よい政府がある。暴君による圧政は、そうした暴力によってしか国民を抑えこむことができないところに生れる(p.25f)。国民は学問によって自らを陶冶し、そうして政府を形作っていかなければならない。そうでなければ国際競争に負けるだろう。日本には古くから政府、官僚への依存体質がある(p.49f)が、それは改めていかなければならない。国際競争への視点はもちろん明治期のほうがいまより鋭い。当時は侵略されて国が滅びるかもしれないという危機感のなかにあったのだから。

「学問」は個々の自律を導く。「学問」によって何よりも養われるのは、論理的思考力である。著者は、権威によらず自ら合理性において考えることを重視する。重婚や妾制度に潜む女性差別に対する著者の次の苛烈な言葉は、まだ儒教思想の伝統が強かった当時には破壊的な威力を持っただろう。
或人また云く、妾を養うは後あらしめんがためなり、孟子の教えに不孝に三あり、後なきを大なりすと。余答えて云く、天理に戻ることを唱うる者は孟子にても孔子にても遠慮に及ばず、これを罪人と言って可なり。妻を娶り子を生まざればとてこれを大不孝とは何事ぞ。遁辞というも余り甚だしからずや。苟も人心を具えたる者なれば、誰か孟子の妄言を信ぜん。(p.79)
昔孔子が、女子と小人とは近づけ難し、さてさて困り入たる事哉とて歎息したることあり。今をもって考うるに、これ夫子自ら事を起して、自らその弊害を述べたるものと言うべし。[...]元来人の性情において働きに自由を得ざれば、その勢い必ず他を怨望せざるを得ず。[...]聖人の名を得たる孔夫子が、この理を知らず、別に工夫もなくして、徒に愚痴をこぼすとは余り頼母しからぬ話なり。(p.117f)

孟子や孔子といった権威による箴言も必ずその時代背景の中で発せられているものであり、額面どおり受け取ることはできないのである(p.118)。その時代に合わせて真理は変わる。時代と場所を考慮に入れる「変通」(p.172)が重要である。

ただ、圧政に対する革命権の否定(p.69)はやはり違和感を覚える。著者によれば、悪法もまた法である。悪法に対してはその法を変えるべく抗議の声を上げるべきであるが、抗議は規定された合法的な手続きによるべきである。革命は暴力による暴力の代替であり、結局それは暴力の応酬を呼び、国全体を滅ぼすことになる。この意味で著者は、忠臣蔵の四十七士による仇討をただのリンチ殺人だとして否定する。これは著者自身も匿名で自己弁護を行った論点だが、一つ言うとすると、もともとその成立について平和的でない法に対して、あくまで平和的な遵守を求めるのはやはり妙である。
浅野家の家来共この裁判を不正なりと思わば、何が故にこれを政府へ訴えざるや。四十七士の面々申合せて、各々その筋に由り法に従って政府に訴え出でなば、固より暴政府のことゆえ最初はその訴訟を取上げず、或いはその人を捕えてこれを殺すこともあるべしと雖も、仮令い一人は殺さるるもこれを恐れず、また代りて訴え出で、随って殺され随って訴え、四十七人の家来理を訴えて命を失い尽すに至らば、如何なる悪政府にても遂には必ずその理に伏し、上野介へも刑を加えて裁判を正しうすることあるべし。かくありてこそ始めて真の義士とも称すべき筈なるに、嘗てこの理を知らず、身は国民の地位に居ながら国法の重きを顧みずして妄に上野介を殺したるは、国民の職分を誤り政府の権を犯して私に人の罪を裁決したるものと言うべし。(p.58)
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/408-7c26e68c

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。