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オリヴァー・サックス『妻を帽子とまちがえた男』

妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)妻を帽子とまちがえた男 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)
(2009/07/05)
オリヴァー サックス、Oliver Sacks 他

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有名な本。神経医オリバー・サックスがその治療の過程で出会った、脳に損傷を抱えた患者の奇妙な症例を記したもの。主に右脳の損傷による認知、運動制御、記憶などの機能障害や、異常知能たるidiot savantについて。短い症例記が24個ある。どれも面白く読めるが、もう少し科学的な深みが欲しい。

著者のスタンスは単なる興味本位による記述ではなくて、そのような障害を抱えつつも生きている患者たちへの共感や慈しみにある。障害を抱えつつも生きる人間の姿を記そうとしている。
彼女は、だれも経験したことのない状況に直面しつづけたのだ。想像を絶する困難と障害を相手に戦ってきた彼女は、不屈の魂をもった、すばらしい人間として今日まで生きてきた。武勲詩に歌われているような英雄でこそないが、彼女は、神経の病気と雄々しく戦ったヒロインといっていい。/しかし同時に、彼女は、これからもずっと欠陥をかかえた敗北者でもある。世界中の英知と創意をもってしても、考えうるあらゆる神経系の代替・保障機能をもってしても治ることない固有感覚の喪失という事実を変えることはできない。(p.114f)


したがって著者が、患者の症例を治すことがすべてではないと主張するのも当然の結論と言えよう。例えば、トゥレット症候群によるチックを抱えているレイという患者は、突発的な感情や興奮に悩まされてきた。だが彼は同時に、突発的な荒々しい即興演奏を特徴としたすばらしいジャスドラマーだった。ハルドールの投与によってドーパミンの過剰分泌を抑えた彼は素早く鋭い反応やタイミングを逸して日常行動に逆に支障を抱えたばかりか、まったく平凡なドラマーになってしまった(p.178ff)。あるいは、70年の潜伏期間を経て梅毒のスピロヘータが発症し、実に快活な気分になっている老婦人(p.195ff)。こうした人々にとっては、単に治療することが正しいこととは言えない。また、通常の人間の認知能力は持たないが、独自の認知能力をもっているidiot savantに対して、概念的な認知能力を押し付けることの疑念(p.326)とか。

一番面白いのは、大統領演説を失語症の人々が爆笑し、失認証の人が空々しく聞いていたという話。失語症の人々は言葉を理解できなくなっている。しかし彼らは発語のもつ他の諸相、すなわち表情やジェスチャーなどの視覚的手がかり、イントネーション、強調、抑揚すなわち発話の「色」(訳本でフリーゲと書かれているのは、かのフレーゲGottlib Fregeである)から内容を理解する。したがって言葉を理解しない失語症患者は嘘に欺かれない。失語症患者たちは大統領演説の大げさな振る舞い、発話の不自然さに笑っていた。逆に失認証患者は発話の色を理解しない。文法的に正確な文なら理解できるが、表情や語調に依拠する発話は理解できない。大統領演説の力強い調子、聞き手の感情に訴えようとする調子は失認証患者にはまったく届かない。
こうして大統領の演説は、失語症患者ばかりでなく、音感失認証の彼女も感動させることができなかったのだ。彼女の場合は、正式な文章や語法の妥当性についてすぐれた感覚をもっていたせいであり、失語症患者のほうは、話の調子は聞きわけられても単語が理解できなかったせいである。/これこそ大統領演説のパラドックスであった。われわれ健康な者は、心のなかのどこかにだまれたい気持ちがあるために、みごとにだまされてしまったのである。巧妙な言葉づかいにも調子にもだまされなかったのは、脳に障害をもった人たちだけだったのである。(p.164f)
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