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森三樹三郎『中国思想史 上』

中国思想史 上 (レグルス文庫 96)中国思想史 上 (レグルス文庫 96)
(1978/05)
森 三樹三郎

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出版社を見てちょっと尻込みするかもしれないが、これは定評のある中国思想の入門書。かなりよくできている。各思想を分かりやすく特徴付けるために、違いを強調していることもあって専門的には割り切りすぎなのだろう。しかし、研究入門ではなくて一般の入門書としてはまずもって勧められる一冊。

上巻は中国思想一般の特徴づけと、諸子百家の思想を扱う。まずこの本の特徴として、扱われている思想とは政治思想に限られる。時代を経るにしたがって道教や仏教との関わりも出てくるが、基本的には儒教と老荘思想である。例えば詩歌に表れる思想や科学思想はこの本の扱うところではない。著者は、ギリシャ文化は芸術的・哲学的で、インド文化は宗教的であるのに対比させ、中国の思想文化は政治的であると記す。これは文化の担い手が官吏であったからである。中国の官吏は推薦を主とした時代でも科挙の時代でも、実務的な法律の知識の有無に拠ってはいなかった。むしろ儒学や文学の知識、よい詩や文章を書く能力によって選ばれていた。すなわち中国では知識人はすなわち官吏であり、官吏はすなわち知識人であった(p.22-24)。文化の担い手が誰であるかによって、その文化の特質が決定されるというこのテーゼは、この本の基調となるものである。

さて巻初の特徴づけによれば、中国人の世界観は汎神論的であるという。神・自然・人間の間にキリスト教のような断絶はなく、連続的だ。神、すなわち天は非人格的で万物のうちに内在するものであり、したがって人間にも天は内在する。これを天性と言う。ただ天は天性としての内在性で尽くされているのではなく、超越的な側面を残している。これが天命である。ただし天命は、運命と使命という二つの意味を持っている(p.35-46)。これが中国思想を織りなす基本線である(p.46)。もともと中国民族には人格神としての天の信仰があったが、知識人層では次第にこの信仰は薄れ、天は人格性を失い、天理としてロゴス的存在になった。万物のうちに天道の遍在を信じる点では汎神論的だが、人格神の存在を信じない点では無神論的である。ただし墨子だけが例外で、墨子は多数の人格神を信じる多神教的思想をもつ(p.101f)。

こうした基調の説明の上に諸子百家が解説されるが、その特徴づけが腑に落ちた。諸子百家が活躍したのは春秋・戦国時代であり、多くの国が生まれては滅んだ時代である。こうした中で、政治や経済に詳しいインテリが大量に浪人となった。諸子百家とはこうしたインテリ浪人であり、諸国の国家経営の相談に乗ったコンサルタントだったのである(p.50-53)。

ただし老子は別である。老子は政治思想や人生哲学の域を脱して哲学・形而上学を求めた。これは諸子百家のみならず中国思想に極めて稀なことである。その理由としては、(1)老子は国家経営コンサルタントでなく世間から積極的に隠遁していたこと、(2)無為自然の思想は反常識的で、哲学を必要としたことが挙げられる(p.137f,144f)。

為政者のための思想は、こうした反常識的な哲学的思考とは異なる。孔子の思想はよりよい国家統制原理の話であって、古来の家族的道徳を重視するものである。それは戦乱の時代にあって過去のよき時代を理想とする保守主義的発想とも言えよう。孔子は常識人であり、他の思想家のように常識を超えた真理を語らない。孔子は常識の中に真理を探る、偉大な凡人である。この点、孔子はキリストやソクラテス、釈迦などの偉大な宗教家・思想家とは違う(p.55ff.)。

荀子の位置づけが面白い。荀子は儒家の異端であると著者は言う。荀子は礼治主義を説く。孔子は礼を自然発生するものと考えるが、荀子は君主の自覚的な判断によるとし、礼は人為であると考える。これは自然よりも人為を重視するという「革命的ともいえるほどの価値の転倒」(p.77)であり、荀子の性悪説もここに基づく。礼が人為である一方で、天は自然であり、人為を本質とする人間とは明確に異なる。ここに自然と人間の明確な分離があり、さらに人為を自然より重視するということは人を天よりも高い位置に置くことになる。「これは伝統的な中国人の天にたいする見方を、根底から覆すものといわなければならない。」(p.83)

さて諸子百家以後の中国思想は基本的に儒教(と老荘思想)の変奏である。漢の時代以降、儒教という一つの教えが2000年にわたって思想界を支配したのは、中国にとって不幸なことである。
思想は何よりも自由を要求する。強力な王朝支配の下では、真に生命のある思想は生まれない。戦国時代や六朝時代は分裂の時期であり、政治的には暗黒の時代である。それにもかかわらず、豊かで多彩な思想が生まれたのは、そこに無秩序による自由があったためにほかならない。(p.213)
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