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芥川也寸志『音楽の基礎』

音楽の基礎 (岩波新書)音楽の基礎 (岩波新書)
(1971/08/31)
芥川 也寸志

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日本の著名な作曲家による音楽の理論入門。これはかなり面白いし、よくまとまっている。学べることが多い。音楽学者ではなくて作曲家による執筆で、学問としての音楽よりも芸術としての音楽を何よりも念頭に置いている。例えば、次のような美しい言葉は学者にはないだろう。
音楽は静寂の美に対立し、それへの対決から生まれるのであって、音楽の創造とは、静寂の美に対して、音を素材とする新たな美を目指すことのなかにある。/すべての音は、発せられた瞬間から、音の種類によってさまざまな経過をたどりはしても、静寂へと向う性質をもっている。川のせせらぎや、潮騒のような連続性の音であっても、その響きはただちに減衰する音の集団である。音は、終局的に静寂には克つことができない。(p.2f)

リズムはあらゆる音楽の出発点であると同時に、あらゆる音楽を支配している。リズムは音楽を生み、リズムを喪失した音楽は死ぬ。この意味において、リズムは音楽の基礎であり、音楽の生命であり、音楽を超えた存在である。(p.88f;104f)


内容は音楽史を絡めつつ、音楽を構成する基本的な要素--音程、メロディー、リズム、ハーモニー--について解説していくもの。西洋音楽理論が主ではあるが、それ以外の音楽についても目を配っている。また音響学、すなわち音の物理学についても押さえているのは好ましいところだ。例えば、音の物理的大きさと実際の印象は違うと書き、音響学上の実験的事実とそれが音楽に及ぼす影響を把握している。(p.9ff)

音楽はよく聞くがその歴史的意義には疎い自分には、そうした指摘に教えられるところ大だった。例えば声楽中心から器楽中心へと移行する中での、ハイドンの位置。旋律はまず声楽によって作られ、それがやがて器楽による旋律に移っていった。声楽旋律優位の時代と器楽旋律優位の時代は、ヨーロッパでは1600年頃が境である。現代は器楽の超優位時代であり、声楽は肉体を楽器とする音楽として器楽に従属させられている。この声楽から器楽への展開点にハイドンがいる。ハイドンは声楽の伴奏でしかなかった器楽に対して、完全に和声の支配下にある旋律を多用し、器楽様式を発展させた。(p.106-118)

さらに次のポイントはかなり興味深い。原始的な音楽はすべてユニゾンの合唱であった。男女差、年齢差があることを考えれば8度の平行進行型音楽であった。9世紀、10世紀の教会音楽は4度、5度の平行を取り入れた。ところがこの5度の平行は空虚5度として、後の和声学では厳禁となる。代わりに現れたのは長3度・短3度の構造からなる和声進行である。これは、音楽の歴史において音楽を構成する要素としての音程が徐々に狭まってきたことを示している。その先はどうなるか。ドビュッシーはそれまでの3度音程の構造に対して、長2度の和声体系を創り上げた。ドビュッシーの先でシェーンベルクは12音音楽を創り上げた。1オクターブが12音で構成されるということは、短2度によって構成されているということである。ヨーロッパの音楽はオクターブという最大の音程から、短2度という最小の音程に向かって進んでいったのだ。(p.176f)

ただし基本的にはクラシックと呼ばれる西洋音楽の一分野についての本であって、現代の我々が耳にする20世紀以降の多様な音楽について言及はほとんどない。
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