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ピーター・バーンスタイン『リスク〈上〉』

リスク〈上〉―神々への反逆 (日経ビジネス人文庫)リスク〈上〉―神々への反逆 (日経ビジネス人文庫)
(2001/08)
ピーター バーンスタイン

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確率やリスクという概念の歴史について、古代ギリシャから語った本。ベストセラーの有名な本だが、いまひとつ面白みに欠けた。自分の関心が薄いせいだろう。

リスクや確率という概念はルネッサンス以降に成立してきたものである。リスクという観点で将来を捉えることで、単なる漠然とした不定の未来や、神により定められた既定の未来という概念ではない将来の考え方が可能になる。この意味ではリスクの概念は将来に対する意思決定を可能にし、人間なるものの自律を導いた重要な概念である。こうして、リスクの概念は極めて現代的な概念なのである(p.30)。
中世ならびに古代の世界で、文盲と小作が支配的な時代で会っても、人々は何とか意思決定をし、金の貸し借りや商取引もできた。しかし、リスクのついての理解があるわけではなく意思決定の本質についても真に理解がなされているわけでもなかった。今日では、われわれは昔の人間のように迷信や伝統を信じようとはしない。それは、われわれが昔の人々より合理的になったからではなく、われわれがリスクを理解することでより合理的に意思決定できるようになったからである。(p.19f)


確率などの数学的概念はたいがい古代ギリシャに遡るのだが、確率概念が古代ギリシャで発展しなかった理由は興味深い。古代ギリシャが確率を知らなかったわけではない。すでに6面サイコロを用いたゲームや賭けが行われていたし、アリストテレス『天体論』にも確率についての考察がある。しかし、ギリシャ人にとっては「理論と証明こそがすべてだった」(p.83)。すべてが調和した運動をなす天ではすべてが規則立てられており、逆に地上では規則性をもった現象など無い。規則的でもなく無秩序でもない確率事象についての考察は、ギリシャにはなかった。

中世では逆にすべてが神により定められており、同様に確率概念の入り込む位置はない(おそらく自由意志の問題を除いては)。本書によればルネッサンス以降に確率の概念は発展し始める。パチョーリ、カルダーノといったイタリア人がそれであり、彼らにパスカル、フェルマーが続く。

興味深いのはダニエル・ベルヌーイの位置づけ。ベルヌーイはパスカルなどの賭けにおける事象(サイコロの出目)の確率だけでなく、それによって富を得た場合の効用を問題にしている。つまり、「歴史上初めて、ベルヌーイは測定を数えられないものに適用した」(p.179)。ここに意思決定や選択の理論としてのまったく新しい学問分野が誕生している。この効用の概念は、あらゆる場面で自らの効用に従って意思決定をなすという合理的人間の概念の鍵となり、哲学や心理学に大きな影響を及ぼした(p.186f)。またヤコブ・ベルヌーイにおいて、統計学の重要な方針、標本からの母集団の推測という概念が生まれている(p.199ff)のも興味深いポイントだ。
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