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古川隆久『昭和天皇』

昭和天皇―「理性の君主」の孤独 (中公新書)昭和天皇―「理性の君主」の孤独 (中公新書)
(2011/04)
古川 隆久

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新しく公開された様々な史料を含めて、昭和天皇について考察した一冊。新書で400ページを超えるやや重厚な本だが、歴史の本であるしエピソードが多く、そこまで読んでいて飽きることはない。

まず最初に書かれているのが、昭和天皇の政治思想とそれを育んだ成長の背景だ。この部分は幼少期・青年期を丹念にたどっており、ここだけでもかなり読む価値がある。大衆化された天皇像、国民の意志に基づく統治(普通選挙を通じた政党政治による統治)という昭和天皇の理想がいかに形成されてきたが書かれている。そして本書は、この理想が時代の流れの中でいかに挫折していくかが書かれている。

著者は昭和天皇のこうした思想の成立において、外遊でのジョージ5世からのイギリス王室の説明にポイントを置いている。また、天孫降臨と狭義の国体を進化論によって否定するという生物学者昭和天皇の側面も見ている(p.33-45)。結果として、こうした天皇、国家の捉え方は吉野作造のそれに接近しているという指摘(p.71f)も興味を引く。

政党政治を基調とすべく政治的行動を起こす昭和天皇の姿も慎重に書かれている。例えば、田中義一内閣への介入は政党政治を守るためだったと評価されている(p.113f, 118f)。昭和天皇は新聞や論壇誌で常に世論を汲み取っていた。しかし結局は5・15事件の後、昭和天皇は政党政治を見限る方向へ傾いた(p.167-171)。

天皇の大衆化の挫折については、天皇機関説事件がその象徴として描かれている(p.192-195)。そうじてこうした政治の時流については、望む方向に導こうとする昭和天皇の意向と、それを留める側近たちの苛立つような展開が繰り返される。昭和天皇の介入による政変による政党政治の混乱を恐れ、また天皇の裁定が実現できなかったときの天皇の権威失墜を側近たち(奈良武官長、牧野内大臣、西園寺元老など)は恐れた。しかしこれが結局は逆の結果を生んでしまう(p.392)。満州事変を巡っても同様で、陸軍への不満を募らせ、戦線拡大を止めようとする天皇と、陸軍側に立ち天皇の意向を曖昧に処理する奈良武官長が対立。結局、天皇は近衛首相に配慮してしまい、戦線の拡大を防げなかった(p.224ff)。ただしこれに関しては自分は陸軍の背景、天皇の意向を無視する傾向の説明が足りないという印象を持った。

本書は歴史学の本であるため、昭和天皇のこうした判断の妥当性についても評価している。個々人の回顧録と実際の経緯は違うことがままあるが、その点もきちんと史料にあたり判断されている。なかでも、日米開戦に対する天皇の主体的な意志決定は目を引いた。
[...]史料の示すところでは、昭和天皇本人の敗戦直後の[...]回想とは異なり、昭和天皇は、首相経験者の意見のみならず、従来は参考にしなかった皇族の私的意見まで検討対象とした上で、この段階において、日本国家が多大の国費と人的犠牲を投じて積み重ねてきた誤りを成功に転化するためには、開戦しかないと判断したのである。(p.279)


他にも、満州事変の派兵判断が協調外交路線を崩壊させたこと(p.149-152)、明治天皇以来の旧弊を引き継いでいること(p.191f, 213f)、国体論への対応(p.311f)などが批判されている。

いまだ論争の多いこのトピックについて、史料考査をかなり丹念に行った上で歴史学として展開されている本書は、一つのスタンダードとして一読に値するだろう。
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