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村上陽一郎『文明の死/文化の再生』

文明の死/文化の再生 (双書 時代のカルテ)文明の死/文化の再生 (双書 時代のカルテ)
(2006/12/07)
村上 陽一郎

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100ページ強の小書。文化と文明を巡って、あるいは人々の行動・情動とそれを規制する規則体系・概念枠の対比を巡って書かれている。かっちりとした議論というよりは徒然なるエッセイに近いもので、自分にはこういうスタイルのものが一番苦手だ。結局何が主張なのやらよく分からないし、概念や議論が明確にならないまま流れていくので苛立ちを覚える。

本書は二部に分かれていて、第一部は他の文化に対する寛容を巡ってウォルツァーの議論を検討する。ウォルツァーの言う寛容な社会の例がどれも寛容とは言いがたいと指摘しつつ、他文化に対して寛容を求めることはその文化を外部に開かせることであり、それ自体非寛容な態度でありうる(ブッシュ政権の「中東の民主化」など)という論点を抽出する(p.28)。そして寛容な態度とは結局、他文化が自分こそが唯一正当な文化である('the' culture)と主張しない限り、それを認めるべきだとするファイアアーベントの見解に魅力を感じつつ、著者はそれに制限を加えようとする(p.33)。その先に書かれているものは、文化が成員を抑圧する限りそれを拒否する権利を人は持つ、というロックの抵抗権を思わせる原理を述べて、抑圧の排除に依る文化の漸進的進化を説く(p.34f)。

ということでこの第一部には「寛容」という語の下、(1)自文化のその成員に対する関係、(2)他文化が自文化に寛容を求める関係、(3)自文化が他文化に寛容を求める関係が混在している。そして結論はなぜか急に(1)について語られているように見える。結局、多文化が混在する状況での受容の問題(これは基本的には(2)だと思われるが)はどうなったのだろうか?他文化に対してどのような寛容の態度がありうるのだろうか?他文化が抑圧的でない(それはその成員に対してか、外部の文化に対してか)限り、我々は認めるべきだという結論なのだろうか。

第二部では人間の情動、人を行動に駆り立てる個人の根源的・内部的な「アニマ」と、それを制御・抑圧する共同体の様々な「制御力」の対、そのせめぎあいによる「揺動的平衡」を巡って書かれている。そしてこの制御力として語られるのが実に様々であって、言語(言語共同体における共同のもの)、概念枠(知覚という個人的場面におけるもの)、同じような言葉遣いやイントネーション(言語共同体の内部で、他の言語内共同体との差異化に使われるもの)、科学理論(一つの共同体を超える普遍性を要求するもの)など場面も論じ方も本来異なるものたちに見える。こうした広い場面をすべて相手にするアニマ/制御力という概念が何なのかは自分にはまったく不明だし、手がかりすらつかめない。超越論的図式論でも想定しておけばいいのだろうか?

どうにも批判になっているように思えないウィトゲンシュタインの言語ゲーム批判(p.46ff)は置いておくとして、ハーヴィの血液循環論を科学理論の「論点先取」として論じる点はどうにも変だ。著者はきちんとした科学哲学の研究者のはずなのだが、こう書く。
この立論は、厳密に考えれば、血液循環論の「立証」には何ら役に立たないことは明白だろう。そもそも、心臓の内部の血液が、逆流せずに、一回一回の搏動によって、確実に動脈中に送り出される、と考えること、つまりは、この「立証」なるものの根幹にある前提が、実は血液循環論そのものであるからである。ここで起こっていることは、立証しようとすることを前提において、立証しようとすることを立証することである。誰の目にもそれが論点先取の「誤り」を犯していることは明白だろう。
それにも関わらず、ハーヴィ自身も含めて、多くの人がこの「立証」に満足し、納得してきたのはなぜだろう。[...]われわれの認識は多かれ少なかれ、論点先取の「誤り」によって支えられているのではなかろうか。論点先取は、いわば人間の認識の宿命ではないか。(p.69f)

このハーヴィの議論が演繹的議論であれば、それは確かに論点先取だろう。だが、実際にこのハーヴィの議論は「血液循環論が正しいとしよう。すると、心臓のこれこれの動き、血液のこれこれの流れなどの実験結果がうまく説明される。だから、血液循環論は正しいと考えて良いのではないだろうか」という帰納的議論で、これは決して論点先取ではない。人々がこの議論の妥当性を認めるのは「認識の宿命」などではなく、その仮説の現象の説明力と、同じ結果を説明する他の仮説の棄却力、他の理論との整合性などによるものである。これを論点先取と呼ぶなら、仮説の構築はすべて論点先取になってしまう。
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