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ピーター・ドラッカー『ポスト資本主義社会』

ポスト資本主義社会―21世紀の組織と人間はどう変わるかポスト資本主義社会―21世紀の組織と人間はどう変わるか
(1993/07)
P.F. ドラッカー

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社会、政治、知識という3つの章にわかれている。資本主義や会社組織の形の変化が社会の章では語られ、巨大化する国家、グローバル化する企業、部族社会への回帰、NPOの役割などが政治の章で語られる。知識の章ではそうした社会・政治の変化の中で、知識が多くの役割を担ってきていることが語られ、知識を生み出すものとしての教育に重点を置いて語られる。いつものドラッカー節をやや広い視野から語った本で、ドラッカーの思想が時代にどう呼応しているのかを捉えるのによい。

なによりもポスト資本主義社会は、国家の役割が減少した世界として捉えられている。グローバリズムや不足社会への回帰など、主権国家が捉えられない動きが大きくなってきている(p.26,33-37)。共産主義の終わりが示唆するように、社会が個人を守るという時代は終わった。社会による救済は消え、個人の独立が重視される世界が到来する(p.39f)。ここに知識の重要性が生まれる。

テイラーについての評価が面白い。テイラーは知識を仕事に応用したからこそ、排斥された。テイラーの科学的管理法は労働者を単なる単純作業の担い手に貶め、仕事の尊厳を奪ったとして非難される。だが、それは仕事の内容を秘匿化することによって資本家に対抗していた労働組合による非難だ。テイラーはこの秘匿されたものに分析を加えて明らかにした。同時に仕事は単なる肉体労働ではなく、知識を用いて分析を行う経営専門家が必要だと要請した。このことはまた、資本家を怒らせることになった(p.75-79)。

他にはドラッカーの視点としてよく出てくる、NPOや市民社会への着目がやはり面白い。国のために喜んで死ぬ意志としての愛国心と区別して、国のために進んで貢献する、国のために生きる意志が市民性だとドラッカーは言う(p.286)。そして愛国心は万国共通だが、市民性は<明らかに>西洋の発明であり、アテネやローマの真髄であると言う(だが、国家というものはレベルは様々であれ世界共通だとしても、国のために死ぬことを要求する愛国心という形そのものもまた西洋の発明であるように思うが)。そしてこの市民性を実現するものとして、以前のドラッカーは職場コミュニティを考えていたようだが(日本の職場コミュニティを典型として)、アメリカにおける社会セクター、つまりNPOや地域コミュニティなどにおけるボランティア活動が挙げられている(p.291-296)。このあたりはトクヴィルのアメリカ市民社会論を彷彿とさせ、かなり興味深い。またアレントのactionの概念も浮かんだ。
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