Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/500-07b5bda8

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

半藤一利『昭和史 1926-1945』

昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)昭和史 1926-1945 (平凡社ライブラリー)
(2009/06/11)
半藤 一利

商品詳細を見る

語り下ろしという形で書かれた昭和史。かなり読みやすく見通しがよい。著者自体の歴史評価については様々な意見があるだろうが(自虐史観だとか)、一つの見方として筋が通っている。昭和史とはいうものの、中身は陸軍・海軍の動きの話がほとんどである。政治は軍隊との関わりでのみ登場するし、戦前の文化について情報は少ない。まして経済状況、企業活動の記述などはほぼ皆無。

著者の見方から言えば、太平洋戦争に結実する昭和史において、指導者たちは客観的事実に基づく判断をせずに見たいものだけを見て、精神論や建前・義理に引きづられている。「昭和史を見ていくと、万事に情けなくなる」(p.267)、「何とアホな戦争をしたものか」(p.498)というのが基調として流れる。読んでいるとなかなか暗澹たる気分になる本でもある。明治維新(1867)から始まる近代日本の建設は、日露戦争(1905)までのおよそ40年間でピークを迎える。それ以降の40年間は敗戦(1945)に向かって国が滅んでいく過程である(p.500)。ちなみに言うと、戦後は高度成長期を経て約40年間で再びピークを迎える(バブルを経て日本経済が凋落するきっかけの一つであるプラザ合意は1985年)。そこから国が滅んでいく40年の過程に我々はいまいるのかもしれない(2025年に何が起こるだろうか)。

ひとまず著者の歴史観に乗るとして、軍部の暴走を政治(や軍部の上層部でさえ)が止められなくなった原因は2つにある。一つは昭和天皇の沈黙(p.50f)。田中義一首相にあれこれと介入した挙句、田中義一内閣が倒れ、田中義一本人も病死してしまう結果に至る(1929)。これが昭和天皇および元老、侍従長といった天皇の周囲の人間にトラウマを残す。これ以降、昭和天皇は「君臨すれども統治せず」となり、終戦の決定までほぼ沈黙となる。明治憲法の根本的な欠陥として、軍隊が内閣の管理下になく、天皇が大元帥として統括する。したがってその天皇が沈黙する以上、軍隊を最終的に統率する人間がいなくなってしまう。
もう一つの原因は2・26事件にある。これ以降、軍内部のクーデターを恐れて、軍の上層部でさえ青年将校を始めとする血気盛んな意見を止められなくなってしまう(p.301)。上層部は主張しているのは自分たちでなく部下であるとして心情的に責任を転嫁、下層部は黙認とはいえ上層部は許可したのだと考える。ここに誰も責任を取らない体制ができあがる。しかし問題は2・26事件そのものより、それに対する広田弘毅内閣の対処である。これは「とんでもないことばかり」(p.147f)。まず軍部大臣現役武官制の復活。これにより軍部が反対して陸軍大臣・海軍大臣を推挙しなければ政治が止まり内閣が倒れるという事態が生まれる。さらにドイツとの防共協定。日独伊三国軍事同盟への道を拓く。三番目に陸軍と海軍の話し合いにより、南進論が決定されたこと。

また大きなファクターとしてはワシントン条約による海軍軍縮(p.28)、国際連盟離脱による国外情報の謝絶(p.114f)がある。とはいえ、高橋是清を中心とする軍事費削減の話の件はあまり出てこない。

他に印象に残るところは1933年の大阪府警察と陸軍の対立に見る、軍国主義への最後の抵抗(p.123-126)、陸軍内の統制派と皇道派における階級闘争(p.147f)、陸軍との対立を避け、軍事費を確保するために(アメリカとの戦争になったら勝てる見込みが無いことが図上演習で何度も明らかになっているのに)三国同盟に賛成する海軍(p.299f)。山本五十六の残した言葉が心に残る。「内乱では国は滅びない。戦争では国が滅びる。内乱を避けるために、戦争に賭けるとは、主客顚倒もはなはだしい」(p.300)。

陸軍の暴走ばかりが目立つような記述だが、海軍善玉説には乗らないようにバランスを取っている。海軍がまともな判断ができたのは米内光政、山本五十六、井上成美という三人がいたからであって、この三人がいなくなれば海軍も無謀な主戦論一方になったと言う(p.246f,288-294)。

著者が昭和史から導いている5つのポイントを記しておく(p.503-507)。(1)国民的熱狂に流されたこと。この傾向はいまでもよくある(反原発ブームなど)。(2)抽象的な観念論を好み、具体的・理性的な方法論をまったく検討しない。(3)参謀本部と軍令部に見られる、小集団エリート主義。ある認められた立場の人間の意見を除き、他の意見を認めない。(4)国際常識の無さ。ポツダム宣言の受諾は単なる意思表明で、降伏文書の調印をもって発効するという認識がなかったのでソ連侵攻を招いた。(5)大局観、複眼思想のない対症療法、すぐに結果を求める発想。

それにしてもここまで陰鬱な気持ちになる読書も珍しい。歴史評価というのは難しいものだが、あまり入れ込みすぎる歴史書もどうかと思う。入れ込むのであれば、そのような事態を引き起こしたものが何なのかを語らなければならない。ただ悲惨でアホな出来事が起こったとか、人物を糾弾することには意味が無い。昭和史から5つのポイントを引き出すなら、それらを生み出したものが何のなのかを考えなければならない。畢竟、それは明治憲法を始めとする明治政府の構造に由来してしまうので本書の範囲を超えるのかもしれない。この点ではとても薄っぺらく感じる一冊だ。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/500-07b5bda8

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。