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ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 (下)』

文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)
(2012/02/02)
ジャレド・ダイアモンド

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下巻では食料生産をキーとして国家の成立を語る。その後は地域的にどうしてある種の勢力が隆盛となったのかを、それまでのテーゼから応用して語っていく。つまり、オーストラリアのアボリジニやニューギニア高地民はなぜ取り残されたのか、中国はいかにして巨大な統一国家になり得たのか、中国南部からミクロネシア方面へのオーストロネシア人の広がり、アメリカ先住民、アフリカはなぜ黒人民族の大陸となったのか、となっている。

本のタイトル、およびこの本の重要なテーマの一つは病原菌なのだが、実はそんなに病原菌の話は大きな役割を果たしていないように思われる。もっとも主要に語られるテーマは食料生産で、その土地に栽培可能な作物がどれだけあったのか、あるいは栽培可能な作物の伝播や持続がいかに可能であったかが、人間集団の隆盛を極めるのであって、それは決して民族の優位性(それが遺伝子レベルのものであれ文化レベルのものであれ)によるものではない、というものだ。例えば文明の発展に不可欠な文字の発明でさえ、食料生産という観点から見られることになる。ただし、食料生産は文字発明の必要条件だが、十分条件ではない(p.52)。アボリジニについて言えば、彼らが鉄器時代(金属器を使用する社会)にならなかったのは、オーストラリアが不毛の乾燥地帯で、しかも異常気象に見舞われやすい地域だったことに大きな要因があり(p.187f)、文化の未発達はアボリジニという人種の特性ではなくて「オーストラリアという環境の当然の帰結だったのである」(p.208)。

食料生産によって人口の増加、密集が可能になれば利害関係の調整も必要であるし、何より食料生産は種蒔から収穫まである程度の長期に渡る時間管理を必要とするから、ここに管理体制の必要性が生まれることは容易に理解されるだろう。この食料生産と国家体制の確立・発展は相互に作用するものであり、社会の複雑性はこの相互作用で増大する(p.138f)。小規模血縁集団(band)、部族社会(tribe)、首長社会(chiefdom)、国家(state)という四段階の区分(p.109)と、他の集団による統合(征服)・外圧を目にした自主的統合(併合)という2パターンによる複雑性の増大の記述(p.145-151)はよく書けている。

中国という地域の特異性についての問いの立て方は面白い。あの広大な中国が統一されていることは当たり前のことではなく、「驚くべきこと」(p.211)である。というのも、中国北部と南部は環境や気候も異なり、住んでいる人々の遺伝的差異も大きい。祖語が伝わってから6000年~8000年経って言語が多様に分化したヨーロッパ大陸とは違って、50万年前から人が住んでいることが確認されている中国ではほとんど単一の言語が話されている(p.213)(この中国の言語の統一性についてはやや自分は疑わしいと思うが)。著者はこの中国の統一性を、結局は北部の人たちがいち早く食料生産を始めたからであるとして、その人々が南部へ移行し、もともとメコン川地域にいた狩猟民たちを駆逐、オーストロネシアに広がっていったと説明する。鍵となっているのは食料生産、製鉄等の技術、文字システム、国家の発展(p.228)だが、どうも自分には説得力がない。ここまでの広がりのスピードと長期間に渡る維持がなぜ可能だったのか、また中国南部からさらにメコン川地域への展開の違い(p.301)についてもいま一つだった。

上巻を読んだ時に疑問に思っていた、ユーフラテス川河畔の三日月肥沃地帯からヨーロッパへ覇権が移った過程については、肥沃三日月地帯が風化して砂漠地帯や灌木地帯になったこととされている。この過程と、中国があまりに政治的に統一されていて、皇帝の考えだけで明の遠征をやめてしまったことの比較が面白い(p.375-389)。政治的統一は時に発展を阻むという著者のテーゼは社会の発展に多様性がいかに重要であるかを物語っている。

さて人間社会の隆盛に影響を与える要因を著者は4つにまとめている(p.367-371)。(1)栽培化や家畜化の候補となる動植物種の分布状況の違い。(2)そうした動植物種の伝播や拡散の速度を左右する、大陸の広がりや気候。(3)近隣する大陸との気候条件や地理の違い。(4)それぞれの大陸の大きさや総人口の違い。これからする結論は、たしかに「環境決定論」と呼べるようなものかもしれない。それについて著者は以下のエクスキューズをしている。
環境決定論という言い方には、人間の創造性を無視するような否定的ニュアンスがあるかもしれない。人間は気候や動植物相によってプログラムされたロボットで、すべて受動的にしか行動できないというニュアンスだ。しかし、それはまったくの見当ちがいである。人間に創造性がなかったら、われわれはいまでも、100万年前の祖先と同じように石器で肉を切り刻み、生肉を食べているだろう。しかし、発明の才にあふれた人間はいずれの社会にもいる。そして、ある種の生活環境は、他の生活環境にくらべて、原材料により恵まれていたり、発明を活用する条件により恵まれていた。それだけのことである。(p.371)
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