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丹生谷哲一『検非違使』

増補 検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社ライブラリー)増補 検非違使―中世のけがれと権力 (平凡社ライブラリー)
(2008/08)
丹生谷 哲一

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タイトルは検非違使だが、必ずしも検非違使のみを扱った本ではなく、検非違使を通して中世賤民を描いた本。ただなかには中世の下級官人の実態を扱った論文もある。検非違使は奈良時代から室町時代にかけて存在する令外の官で、主に治安維持をはじめとする警察権力を担った組織である。だが、検非違使の役割はそれにとどまらない。実は非人と呼ばれる中世賤民の成立に検非違使が関わっている。検非違使と中世賤民の形成は不可分なのである(p.25)。

著者の見るところ、中世賤民としての非人の中核をなす癩者や不具者、乞食といった人たちは古代から差別視されていたわけではない。彼らが穢れた存在として差別視されるところに、著者は仏教の思想の影響を見ている。すなわち大乗を貶めたことへの罪報として罪や病があるという見方である(p.143-148)。こうした中世賤民は、したがって(網野善彦氏が強調するような)非農業民の職能集団に限られない。身寄りをなくしたり乞食になったり、癩病にかかったりして様々な身分から非人に転落した(p.149f)のだ。したがってその内実は発生からしても、実態としてもかなり多様なのである(p.212f)。たしかに呼称を見ても、「非人」はその本質に基づいてカテゴライズしているというよりも、他ではないものとして否定的にしか捉えられていない概念である。

さてこうした中世賤民は穢れを持った存在としてあり、その基本的機能は穢れの浄めであった。すなわち様々な意味での「掃除」、通常の意味での掃除から葬儀屋のような葬送の機能、身元不明死体の処理など死の穢れにまつわる機能を持っている。そしてそれら中世賤民を統率していたのが検非違使であり、検非違使は非人の長史だったのである(p.97)。

ここからが面白い話だが、検非違使は天皇の機関としてこうした葬送や死体除去を行う。これは確かに治安維持の一環だが、検非違使は何が不浄であり清浄であるかを決定する機関ということになる。すなわち検非違使は、不浄の対立概念としての清浄なる天皇というイデオロギー支配推進の要となっているのである(p.57-60)。

本書は論文集なので各章で視点が異なっている。また基本的に歴史学の専門的論文の収拾のため、想定読者は歴史学者となっており、かなり細かい議論と他の研究者の見解を踏まえた議論が続き、なかなか読むのはしんどい。
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