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ナシーム・タレブ『ブラック・スワン[下]』

ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質ブラック・スワン[下]―不確実性とリスクの本質
(2009/06/19)
ナシーム・ニコラス・タレブ

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下巻も引き続き、ブラック・スワンとそれを見えなくしている人間の認知的仕組みや傾向について語る。下巻に割り当てられた後半部分はやや専門的な議論もあり、ベル・カーブを信じている金融業界や、新古典派経済学について辛辣な見解が続く(p.183-200)。というより、悪口と言ったほうがよいかもしれない。

著者によればベル・カーブ、つまりガウス分布は月並みの国に属するごくわずかな例にのみ有効である(p.176)。ランダム性は標準偏差ではわからないのだ(p.146f)。間違った数学の使い方こそ問題(p.210)であり、通常の統計学の代わりに著者はマンデルブロのフラクタルモデルを賞賛する。フラクタルモデルによってもブラック・スワンをすべて捉えられるわけではないが、ベルカーブでは黒い白鳥だったものをいくつか灰色の白鳥にすることはできる(p.180f)。ブラック・スワンを考慮に入れた戦略として有効なのは、完全な予測はできないと理解し、確からしさでなく、起こったときの被害の大きさで信じるかどうかの優先順位をつけること(p.65ff)。また、様々な黒い白鳥に分散投資してリスクをヘッジし、試行錯誤してセレンディピティを待つこと(p.67-81)。

完全な予測が不可能なのに人間が予測を立てるのはなぜか、という問いに対して、進化の代替という見解(p.42f)が面白い(ダニエル・デネットの進化論的説明)。予想とはいわば思考実験であり、仮想的な淘汰である。予想を立てることにより、ある行動のオプションが仮想的な淘汰にさらされる。そうして行動のオプションを事前に絞り込むことで、実際の環境の変化の際に適切なオプションが取れる。

それにしても著者が批判対象とするものについて辛辣な書きぶりが続くので、ちょっと嫌になる。『まぐれ』の方は最高に面白かったのに、この本はどうもすんなり来ない。例えばガリレオの話。ガリレオは世界は幾何学によって解明されると考えた。でも現実世界には純粋な三角形や円など存在しない。著者はこう書く。
ガリレオは、法的に目が不自由な人だったんだろうか?あの偉大なガリレオでさえ、あれだけ独自の考えを持てる人だと言われているのに、母なる自然をはっきり見ることができなかったのだ。彼の家にも窓があっただろうし、彼はそこから四六時中外を見ていたに違いない。自然の中に三角形なんて、そうあるものじゃないとわかってたはずだろうに、と思う。これほど私たちは簡単に洗脳されてしまうものなのだ。
私たちは見るのに不自由か、読むのに不自由か、その両方のいずれかだ。自然の幾何はユークリッドの幾何ではない。こんなにはっきりしているのに、誰も、ほとんど誰にも、それが見えない。(p.156f)
著書は様々なことを分かっているはずだが、どうにも何も分かっていないように思えてしまう。自然の幾何はユークリッドの幾何ではない、それは当たり前だ。完全三角形なんてどこにも存在しない。ガリレオが自然は数学という言語で書かれた書物だとして言いたかったのはそういうことではない。その発想をプラトン化として退けるのはフェアだろうか。たしかにガリレオの時代にはユークリッド幾何しかなくて、それが「自然の幾何」に一致しないから(これがブラックスワンなのだろうか?)、様々な非ユークリッド幾何学が生み出された。それでもそれはプラトン化なのか?ユークリッド幾何学がプラトン化であって、フラクタル幾何学がプラトン化ではないともし言いたいのであれば、その基準は極めて恣意的だと言わざるを得ない。

またポパーの反証主義を持ち上げて、現代の科学哲学で反証主義が主流になっていないのをなじるのだが、ではどうして反証主義は現代の科学哲学で主流ではないのか何も押さえていない。著者はある事象がある理論に対する反証になるということを単純に考えているように見える。反証主義が主流にならなかったのは、例えばマイケルソン・モーリーの実験の結果に対する科学者集団の社会学的観察によって、反証であるものが端的に反証と見なされるわけではないという全体論的科学観が生まれたからだろう。そうした複雑な過程を無視して、もし単線的な科学史観を採っているのなら、それこそ講釈の誤り(というか勝利者史観)と言える。うーむ。LTCMの件などは痛快に読めるところなのだが、いろいろとどうも引っかかりを感じてしまう本だ。相変わらず、概念的に明確でない本は自分には読みにくくて仕方ない。
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