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半藤一利『ノモンハンの夏』

ノモンハンの夏 (文春文庫)ノモンハンの夏 (文春文庫)
(2001/06)
半藤 一利

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ノモンハン事件、1939年5月から9月にかけて当時の満州国とモンゴル人民共和国の間の国境を巡って日本軍とソ連軍の間で交わされた紛争を扱った書物。焦点はノモンハンの現地部隊と新京(現在の吉林省長春市)の関東軍、東京三宅坂の陸軍参謀本部を中心としつつ、同時にモスクワと、ベルリンや当時のヒトラーの居所が出てくる。これらの場面がスナップショットのように切り替わり、全体としては一つの時間軸で流れるように書かれている。後者のモスクワとドイツが出てくるのは、このノモンハン事件が日独伊防共協定強化への動きと、独ソ不可侵条約の締結と深く関わっているからだ。特に独ソ不可侵条約との絡みが本書の特徴とも言え、スターリンはヒトラーと不可侵条約を結ぶ目処が立ったからこそ、ノモンハンでの紛争に力を注ぐことができた。

ノモンハン事件は第一次と第二次があるが、第二次を見れば日本軍の被害は死傷者19,768人。他、満州国軍と捕虜となったもの。ソ連軍側の被害は23,926人。他、外蒙軍の被害(p.442-444)。これだけ見るとソ蒙軍のほうの被害が大きいが、著者の評価は低い。それは、関東軍将校たちが冷静な判断に基づかず、自分勝手な自信によって明らかに無茶な計画により行った不要な紛争だったというものだ。

著者はお人好しの秀才官僚ばかりの参謀本部(p.186)と、それに見事にすれ違いながら精神論で突き進む、かの辻政信を始めとする関東軍参謀を中心に描いている。例えばソ蒙軍を先制して討つことを主張する『満ソ国境紛争処理要綱』を制定した関東軍参謀に対して、参謀本部はそれが国家の方針に反していたのに明確に否定せず、放置した(p.62-66,100f)。関東軍参謀の顔を立てようとしたのか、はたまた揉め事を避けたのか、空気を読んでくれることを前提としていたのか。著者はその無責任体質をなじっている。関東軍は関東軍で天皇の軍隊という自覚を強すぎるばかりに持ちながら、実際の天皇の命令に背くことは平気のようで(p.136f)、統帥権はすっかり軽く見られる傾向にあった(p.122)。ここにあるのはおそらく戦略レベルと戦術レベルの対立だろう(p.227)。関東軍はつねに戦術レベルで考えているように見える。その論理からすると戦略レベルの参謀本部の考え方とは合うはずもない。加えて書くと、作戦レベルでは兵士たちは驚異的な死闘を繰り広げている、悪いのは向こう見ずな関東軍参謀と優柔不断の参謀本部だ、というのが本書の繰り返すところ(p.213-216, 388-396)だが、作戦レベルの誤りに踏み込まないこの描き方には少し疑問を持つ。

ということで無謀な関東軍参謀のもと展開されたノモンハン事件の戦闘は、基本的にロジスティクスがなっていない(p.241, 246f)。短期決戦で敵に大きな一撃を与えれば、敵は恐れをなして退くだろう。だから補給についてはそう多くを用意していない。この辺りのくだりは、ちょうどインパール作戦を思い出す。結局、出先軍の心理で勝手に軍が動くような国は滅びる(p.437)のだ。

さてこの著者の書くものを読んでいるといつも思うのだが、深みがない。精神論に頼って冷静・客観的な分析のできない現場の参謀、明確な意志の示せない陸軍中枢部。では、どうしてこんな構図になったのか。辻政信のような好戦的な武闘派はどんな軍隊にもいるものだ。彼は時代の産んだ子に過ぎない。特異な人間ではあるが、そうした人間が活躍するのは時代が特異だからだ。例えば、中国戦線は関東軍と異なり、司令部は中央統帥に従っていると著者は書く(p.282)。とするとなぜ関東軍なのか。日露戦争の勝利によるリアリズムの消失により、ソ連の実力を見くびっていた(p.255f)とも書くが、原因として書かれているのはそれくらいのものだ。後は、秀才たちがいるのに現実離れしていくのは奇妙だ(p.23)とか、評すべき言葉も無いとか、昭和初期は日本全体が無敵を幻想していたおかしな時代(p.237f)と書くばかり。評すべき言葉も無いと言いたいところをこらえて、評すべきなのは著者の役割である。本書の最後の言葉は、自分には逆に響く。
ノモンハン敗戦の責任者である服部・辻のコンビが、対米開戦を推進し、戦争を指導した全過程をみるとき、個人はつまるところ歴史の流れに浮き沈みする無力な存在にすぎない、という説が、なぜか疑わしく思えてならない。そして人は何も過去から学ばないことを思い知らされる。(p.451f)

過去から学んでいないのは誰のことか。歴史の流れを「悪い奴がいましたね」と片付ける、一部の人間を絶対悪とみなすことはさすがに著者はしていないとは言え、どうしてこうなったのかについて応えないものから過去は学べない。暴走する軍人をなじるのはいい、あるいは作戦レベルの兵卒の悲哀に涙するもいい(ちょうど特攻隊員の悲哀に嘆くように)。けれども、どうしてそうなったのかを深堀りしない限り、それは繰り返されるだけではないだろうか。戦争の悲惨さやバカらしさを描くだけなら、それは枝葉を見て樹を見ない行為だ。まして根は見えようもない。
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