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佐藤卓己編『戦後世論のメディア社会学』

戦後世論のメディア社会学 (KASHIWA学術ライブラリー)戦後世論のメディア社会学 (KASHIWA学術ライブラリー)
(2003/07)
佐藤 卓己

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編者を中心とした研究グループで、輿論と世論という概念対を基調としながら、戦後の様々なメディアに現れた世論を追っている。執筆陣はメディア学の研究者から知識社会学、社会心理学、教育社会学の研究者などを含んでいて、視点の多様性がある。また取り上げられているメディアも、新聞やテレビ・ラジオなど典型的なものから、女性向け雑誌、デモ、フォークソング、インターネット(これは記述的にかなりの古さを感じる)といった素材に渡っている。

いくつか面白い論文がある。例えば女性向け雑誌で取り上げられた、美智子皇后を巡る記事の検討がある。この頃の女性向け雑誌、特に『女性自身』などは成婚を巡って新聞各紙が結んだ報道協定に縛られずに様々な記事を書き、売り上げを伸ばした。そうした雑誌での取り上げられ方のうち、ファッションの取り上げ方に注目している。こうした雑誌の皇室報道は、戦後における天皇制そのものを問うような事はせず、まるでファッションリーダーとして美智子皇后を扱った。読者の方も皇室そのものには無関心である。こうした雑誌への読者の反応を絡めながら、象徴天皇制への世論を追っている。

また、フォークソングについて取り上げた論文も面白い。フォークソングは反戦の歌詞にもあるように、政治的メッセージを担い、楽曲として支持されることで輿論を形成する機能があった。例えば、アメリカで9/11テロの後にジョン・レノンの"Imagine"が好ましくないとされたように、いまだにそうした力を保持しているものもある。ところが、日本ではフォークを始め、政治的メッセージが載ったポップミュージックが支持されることはほとんどない。著者はフォークソングをリアルなものとレトロのものに分けている。リアルなフォークソングとは1966年~1969年のほぼ3年間だけ存在したものとされている(p.180)。これは前述のような輿論を形成する機能を持ったフォークソングだった。といっても著者の見るところ、フォークソングは政治的なものというより社会的なものである。しかしその後に来るのは、そうしたリアルのフォークソングを過ぎ去りしものとして復活させようとするレトロなフォークソングである。つまり、リアルなフォークソングは1969年の新宿西口集会の排除をターニングポイント(p.178)として終わり、輿論形成機能を持たない「四畳半フォーク」となる(広場から四畳半へ)。それはせいぜい世情としての世論に訴えるに過ぎない。さらにその後の展開を考えるに、メッセージの個人化(恋愛や個人的悩みを扱ってばかり)、視聴空間の個人化(歌声喫茶や街角から、個人の部屋でのラジカセやヘッドホン、また機械化された閉鎖空間としてのカラオケ)によりそうした世論に訴える機能すら失っていることになるだろう。

他には、デモ行進におけるスネークダンス(ジグザグ行進)の果たした役割、細川政権(別名、久米・田原連立政権)の成立に当たって久米宏氏と田原総一朗氏の果たした役割と日曜朝のテレビ政治討論番組の政治的機能といった論文が面白かった。ただどれも分量の制限からか展開を短く扱っているものが多く、掘り下げが足りないという印象を受ける。それぞれの章に応じた巻末の参考文献の充実ぶりはその代わりとなるだろう。

タイトルにもあるように基本的には世論を扱ったものであり、輿論については述べるところは少ない。やはり輿論とは何なのかいまひとつ掴めないままだ。政治番組での議論が、キャスターによって引き出されているものだから輿論と呼んでよいだろう(p.238)という記述があるが、それはないだろう。それはただの一政治家の私見に過ぎず、輿論とは程遠い。それともそんなものが輿論なのか。
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