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ニック・ビルトン『ツイッター創業物語』

ツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切りツイッター創業物語 金と権力、友情、そして裏切り
(2014/04/24)
ニック・ビルトン

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ジャックはたしかに、ステータスを人々が共有するというアイデアの源だったが、オデオがなかったら、それはアイデアのままで終わっていた。オデオを救おうとしたノアの決意が、ジャックのステータスという発想を、ハックデーでみんなに考えさせ、実行に移させた。孤独を味わっている人々を結びつけるようなサービスがあればいいというノアの構想と、みんなが覚えやすような名前を探す努力がなかったら、ツイッターは存在していなかった。ツイッターを”何が起きているか”を伝えるものにするというエブのこだわりと、エブの資金援助と、シリコンバレーでの名声がなかったら、ツイッターがこんなに早く成長することはなかっただろう。それに、サービス利用者の情報を守るために、ビズが倫理的な立場を維持しなかったら、ツイッターはまったく異なる会社になっていたはずだ。(p.226f)

ツイッターの創業と発展を巡って書かれた人間ドラマで、アメリカで原書が出た時から大きな話題になっていた。焦点は人間ドラマなので、経営学的なところや技術的なところは少ない。ノンフィクションのドキュメンタリーのような本だ。ツイッターの創業に関わった主要な人間は4名、エヴァン・ウィリムズ(エブ)、ジャック・ドーシー(ジャック)、ビズ・ストーン(ビズ)、ノア・グラス(ノア)で、本書はこの4名を中心にしてツイッター創業という名誉の奪い合いを描いている。愛憎入り乱れる様を特に特定の人物に肩入れすることなく俯瞰的に描いており、取材力と構成力は目を見張るものがある。すぐに映画化でもできそうなドラマチックさがある。

思えばツイッターという会社は特にアメリカ西海岸、シリコンバレー的な会社だ。サンフランシスコやロサンジェルスなどのアメリカ西海岸には開拓者文化、ヒッピー文化が根強く残っている。反権力、反体制、お祭り騒ぎの体質。これはシリコンバレーのIT企業群を考える際になかなか重要な論点となる。例えば、フェイスブックはアメリカ東海岸のハーバード大学を舞台に生まれていて、シリコンバレー土着の人間からすればよそ者の企業である。グーグルはシリコンバレーにも近いスタンフォード大学が出発点とはいえ、博士課程まで進んだ優秀な人物たちが由緒正しく立ち上げ、すぐに著名なCEOを外部から招いてビジネス界に受け入れられた。こうしたポイントから考えると、ツイッターはとてもシリコンバレー土着の企業だ。シリコンバレー側から考えれば、フェイスブックやグーグルは優秀な人材だけ持って行ってしまう、いわば植民地支配を行う企業に見える。ツイッターはそうした流れに一矢を報いた形でもある。

フェイスブックやグーグルのようなビジネスライクな企業と、ツイッターのようなカオティックなハッカー文化の企業の違いは、本書を流れる通奏低音になっている。この文化の違いはツイッターの起源にも深くかかわっている。有名なブログサービスのbloggerを立ち上げたエブは、ブログは個々人が自由に発言する機会を拓くものと認識していた。このbloggerをグーグルが買収する。それに伴いエブもグーグルに在籍するが、グーグルのビジネスライクな態度に嫌気がさして退職する。グーグルは結局、ブログを広告から利益を上げる場にしたいだけだと考えて。グーグルを抜けてエブが作った会社、オデオはこうして、みんながグーグル社員の世界を軽蔑している、ハッカー文化の企業となる(p.60f)。フェイスブックに対しても同様。ツイッターが創立されて業績を拡大するなか、フェイクブックのザッカーバーグCEOからは何度も買収の打診が入る。買収を重ねて拒否する理由をエブは最終的に企業倫理に求めている。利益を追求するか、個人の自由な発言の場を用意するという信念のもとにあるかの違いだと(p.288f)。

オデオはポッドキャストをプラットフォームから提供する会社だった。それも音声版ブログとして、人々の自由な発言の場を拓くものと考えられていた。オデオという会社を特徴づけるのが、アナーキスト文化だ。業務の割り当てが書かれたカードを勝手に他の人のところに付け替えたり。起立会議で立ち上がらなかったり(p.76f)。こんなオデオに集ったのが先述の4名だ。しかしこのオデオは成功しない。特に、アップルがiTunesでポッドキャストを提供するプラットフォームを整えてしまったため、オデオはポッドキャストのコンテンツを提供する会社になってしまい業績も悪化する一方。この事態を脱するために考え出された新事業の中にツイッターがあった。それは、ジャックがSMSのテキストメッセージとAOLチャットの離席状態表示から思いついたもので、当初はステータスと呼ばれていた(p.78-83)。

このツイッターを巡って誰がリーダーシップを取るか、誰が創業者なのかの争いが4人の間で始まる。4人というよりはビズを除いた残り3人による争いだ。まず最初に脱落するのがノア。ノアは自分がツイッターのリーダーシップを取るべきだと執拗に主張する。若干コミュニケーション能力に難があるところもあって、周囲も扱いに困っていたようだ。ノアがツイッターから追い出される決定的な要因となるのがあった。ツイッターの存在がまだ秘密だった頃、あるパーティで酔った勢いでノアはツイッターのことを話してしまう。これが決定的な亀裂となり、ノアはオデオを解雇されてしまう(p.97-111)。その後のノアは鬱屈した思いを抱えながら、表舞台からは姿を消す。なお、ツイッターの公的な創業物語(社史やリーダー層の発言)にノアの名前は出てこない。これを著者はノアは歴史から消されたと評している。だがノアが解雇された段階でツイッターはオデオ内部のプロジェクトで、ツイッター社が設立された時にはノアはいない。したがってノアの名前が無いことには多少の正当性はあるだろう。

さてオデオからスピンアウトして創業されたツイッターを率いるのはジャック。だが、ジャックはエブとそりが合わない。何よりもジャックは技術者であって経営は素人。bloggerをサービスしたパイララボ、そしてオデオと会社を設立し経営してきたエブからすれば、そのやり方はもどかしいこと限りないだろう。ジャックはリーダーシップの取り方に苦労。頻発したサービスダウン(ツイッター鯨Failwhale)への対処も遅れ。コストコントロールもうまくいかない。社内で独裁的な振る舞い(p.159f)。ついにエブは取締役として入っていた投資家たちと組んで、ジャックをCEOから引きずりおろし、決定権もないお飾りの会長に押し込めることになる。この辺りの記述は、各人が各人の思いを抱きながら陰謀を繰り広げる過程。その次のジャックの復讐と合わせて本書のハイライトとなろう。

ここからジャックは復讐に向けて着々と力をつけていく。創業者ながら会社経営の権限を奪われた自分を、一度アップルを追い出されたスティーブ・ジョブズになぞらえる。第二のジョブズと言われるまでにそのしぐさ、服装、口ぶりを真似ていく。小型カード決済のスクウェアを設立。経営者としても実績を積んでいく。そしてついに、エブを自身が追い出されたのと同じようにCEOから引きずりおろした。ただしジャック自身は会長とし、CEOはエブがグーグルつながりで連れてきたディック・コステロとした。この体制がいま現在も続いている。そしてディックは、ツイッターを「大人にする」方向を目指していると描かれている。オフィス内でマリファナパーティをやるような社内文化からの脱却(p.366, 376)。けれどもそれは、エブやジャックが毛嫌いしたグーグル的な会社に向かっているということなのだろうか。

エブとジャックの対立点はツイッターとは何か、という根本的な捉え方にある(p.299)。ジャックは個人の状態にフォーカスしている。個人が自分の暮らしに関係ある人々と連絡を保つ簡単な場こそツイッターと考える。つまりツイッターの書き込みは"What are you doing?"への答えだ。エブは、各人の周囲の現状にフォーカスしている。それぞれの人の周りで起こっていることを素早く伝えるニュースメディアとしてのツイッターだ。こうすると、ツイッターの書き込みは"What's happening?"への答えだ。だから例えば、中東の民主化革命に役割を果たすようなツイッターの姿は、エブの望んだことだった。この根本的なところが相違していれば、追加すべき機能、アプローチすべき層など経営方針は相当に異なるだろう。対立が生まれるのも当然だ。この二方向のせめぎあいの中でツイッターは発展してきたし、これからもそうだろう。
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