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吉田伸夫『素粒子論はなぜわかりにくいのか』

素粒子論はなぜわかりにくいのか (知の扉)素粒子論はなぜわかりにくいのか (知の扉)
(2013/12/05)
吉田 伸夫

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タイトルの答えを書いてしまえば、多くの素粒子論の通俗解説では素粒子をピンボールの球のように解説しているからだ。そうした自立した存在として素粒子を描いてしまうと、素粒子が別の素粒子に変わることや、力の担い手としての素粒子というのが理解し難くなる(p.17)。また、こうした描き方は粒子と波動の二重性を謎のままにしてしまう。それは数式を使わない説明は結局のところ、正確な説明になりえないとそもそも説明を放棄していること(および、数式が何を表しているかそもそも決着がついていないこと)だ(p.66)。しかしこうした物理学界の傾向は、単に説明から逃げているだけだと著者は考えている(p.69)。

ピンボールの球としての説明に著者が代えるのが、連結されたバネとしての説明だ。素粒子が登場する微細な内部空間をバネ(量子場の励起状態を表すもの)によって表現し、それらが別種のバネによって連結されたものという図を描く。個々に振動するバネが連動し、一つの波が成立して伝わっていくように見える状態、それが素粒子だ。内部空間に形成された、バネ同士の共鳴パターンとしての定在波は古典的な波のように消えることはない。この場の振動によって移動するエネルギー量子が素粒子なのである(p.57f)。したがって素粒子における粒子と波動の二重性などない。あるのは波動である。
素粒子は粒子ではない。[...]空間全体に拡がるのっぺりとしたものがあり、これがエネルギーを得て振動すると、あたかも量子のように振る舞うのである。この”のっぺりと拡がったもの”を、物理学では”場”と呼ぶ。(p.11f)

著者は、こうした場の量子論をきちんと正面から説明しようとする。それも様々な比喩や外挿を用いながら、実にうまく説明している。例えば幾何光学と波動光学の違いの説明から、量子論的な粒子観(ファインマンの経路積分のアイデア)を説明する件などは、かなりよくできているのではないか(p.41-59)。やや細かい記述になっているが、惑星のスイングバイを用いた人工衛星の加速メカニズムと対照させて摂動法を説明する箇所(p.133-139)も果敢な試みだ。

この本のもう一つのテーマなヒッグス粒子についてだろう。そもそもヒッグス粒子にまつわる一般的な報道に不正確なものが多かったことが、著者のこの本の執筆の動機の一つと見える。例えば以下の基本的事項なども指摘されている。
原子の質量の99%近くは、ヒッグス粒子が起源となるのではなく、原子核の内部に閉じ込められたエネルギーに由来する。[...]質量はエネルギーの一種であり、物質の内側にエネルギーを閉じ込めると、外から見た時の質量が増えることになる。陽子や中性子の質量の大部分は、内部に閉じ込められたエネルギーに由来しており、ヒッグス粒子起源ではない。ヒッグス粒子がもたらすのは、電子やクォークが持つ質量で、原子の質量と比べるとほんのわずかである。(p.9)

摂動法やファインマン・ダイアグラムが近似的な方法でしかなく、その多用は戒めるべきだ(p.146f)と指摘しつつ、摂動法のアイデアをまともに解説している。そしてゲージ対称性SU(2)を破るものとしてヒッグス場を導入している(p.119-125)。これにより、電子とニュートリノの違いがもたらされる。ゲージ対称性の説明の辺りはやや難しい。著者の他書も読んだが、場の量子論の説明に正面から挑む姿勢と、その説明力は素晴らしい。この本もまた貴重な試みだろう。
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