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マイケル・トマセロ『ヒトはなぜ協力するのか』

ヒトはなぜ協力するのかヒトはなぜ協力するのか
(2013/06/30)
マイケル トマセロ

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著名な認知心理学者による講演。シンポジウムの記録らしく、著者の講演記録の後に異なる分野から4人のコメントが寄せられている。人間の幼児に対する実験や、霊長類に対する実験を対照させながら、人間が本性的に持つ、他人と協力する性向を明らかにしようとしている。論旨はかなり明快であるし、紹介される実験も興味深いものが多い。

他人と協働することへの原初的な傾向からヒトの高度な社会制度へ向かって、著者は「連携と協力」「寛容と信頼」「規範と制度」の三段階を設定している。例えば困っている他者を助ける傾向はチンパンジーにもある。他者の手に届かないところにあるものを取ってあげる、などの行動だ。しかしヒトの特徴は、情報を他者に提供しようとすることだと著者は述べる(p.20)。ヒト以外の動物は他者に情報を知らせる意図で行動しない。そういうと、例えば敵を発見した際にチンパンジーが発する警戒音声はどうかと考えられる。これは他者に対する情報提供をしているように見える。しかし、著者によれば、他者がその情報を得た(他者も敵に気付いた)状況でもこの警戒音声は発せられるから、情報提供の目的ではないのである(p.24-26)。

著者の力点は協働というところにある。つまり、利他性よりも「相利性」に力点が置かれる。制度に基づいて集団で暮らすというヒトの特性を成り立たせるのは、単純に他人を助ける利他性ではなくて、協働した場合に全員が利益を得られる相利性であると考える(p.48)。逆に利他性は相利性の中から生まれてくる。協働を行うには、他者の行為や意図に注意し同調しなければならない。他者に同調する傾向はヒトに特異的であり、それは幼児期(生後1年半)からすでに見られる(p.79f)。一方、チンパンジーには注意を共有する傾向が無い。自分があるモノに注意を向けていることを他者が理解しているという第二階の理解がない(p.83-85)。

さて、こうしたヒトと霊長類の違いをもたらしたものは何か。なぜこうした違いあるのか。著者は、霊長類には協働行為を必要とする場面が無く、ヒトにはあったと述べているだけだ。ここは機械仕掛けの神のようで、やや落胆した。
協力的活動を共有して力を合わせる人々こそが、ヒトの文化の創始者たちなのです。こういったことがヒト進化の過程でどうやって、なぜ生まれたのかは分かっていません。しかし、採食(狩猟でも採集でも)の文脈で、ヒトは、他の霊長類とは異なって協力者にならざるを得なかったのだと考えることもできるでしょう。(p.83f)


こうした著者の見解に向けられた4名のコメントはどれもなかなか面白い。利他性でなく相利性を基盤に置く著者に対して、やはり利他性によってこそ自分の利害と集団の利害が一致するとする意見もある(p.97-100)。また、チームワークは菌類のレベルまでみられるもので、ヒトがこの地球上でもっとも協力的なわけではないという見解もある(p.116)。

ヒトの典型的な個体発生はこのように、他の霊長類の個体発生に含まれない文化的な側面を必然的に含んでいます。ヒトはひとりひとりが、自分の文化に属する他のメンバーがどのようにものごとをこなすのか、さらには、自分がどのようにすることがメンバーたちに期待されているのかを学習しなければなりません。種特有の認知的・社会的スキルを多様な社会的文脈のもとで発達させることはチンパンジーにも可能です。しかし、ヒトの文化的ニッチと、それに参加するスキルおよび動機づけとを抜きにしては、ヒトの子どもは、順当に機能する一個人とはなり得ないでしょう。ヒトは、文化と言う文脈の中で成長し成熟を迎えるような生物学的適応を遂げています。われわれは、協働をおこなうことでさまざまな文化的世界を築きあげ、そして、絶えずその世界に適応しようとしているのです。(p.87f)
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