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ジョセフ・ルドゥー『シナプスが人格をつくる』

シナプスが人格をつくる  脳細胞から自己の総体へシナプスが人格をつくる 脳細胞から自己の総体へ
(2004/10/27)
ジョセフ・ルドゥー

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主に恐怖による情動的行動の神経プロセスを研究している著者が、自分のアプローチから見えてくる脳の姿について語ったもの。題名からすると、シナプスの結合によってどのように人格が形成されるのかが書いてあるように予想される。だが人格というものを正面から見据えた記述は少ない。書かれているのは、人格形成を可能にするような脳の機能についての、かなり細かいレベルまでの神経学的プロセスの話だ。

この本はニューロンの構造、遺伝子からの発生、シナプスの結合が変わることによる学習の実現などの詳細な神経学的記述から始まる。その後の各テーマでも19世紀以降の研究史を踏まえ、第一線の多くの論文を引きながら、脳の中でいかなる化学的プロセスが起こっていると考えられるのかを述べる。そして考え、情動、モチベーション(知・情・意)という「心の三部作」が脳内でいかに達成されているかを描くことにより、「自己」がいかに成立しているのかを探究する。著者も書くように記述のレベルは下げていない(p.479)。

著者は学習と記憶こそが人格形成の鍵となると見る(p.13f)。学習と記憶は脳内ではシナプスの結合として実現されるわけだから、人格はシナプスの結合によって成り立つ。「そのようなシナプス的相互作用という観点から、自己の理解の端緒を開くことが(少なくとも原理的に)可能」(p.17f)なのである。著者のスタンスの特徴は、こうした学習と記憶を明示的なものに限っていない点にある。学習や記憶は意識可能な明示的なものよりも、意識不可能な内示的なものが多い(p.40-47)。これは、ヒトの脳において認知システムと情動システムが完璧にはつながっていないからだ。複雑な思考を可能にする進化的に新しいシステムは、基本的な欲求や動機、情動反応を生む古いシステムを容易に制御するまでには進化していない。つまり自己には明示的に機能するシステムと内示的に機能するシステムがある(p.476-478)。

著者が取るアプローチは学習と記憶における脳内の神経学的プロセスを記述することだ。何度か対比されて出てくるが、この「処理アプローチ」は行動主義とも認知主義とも異なる。行動主義では客観性と信頼性(再現性や定義可能性と関連する、科学的データとしての採用可能性)があるが、その行動が導き出される脳の処理プロセスはブラックボックスのままだ。認知主義では認知に重きが置かれ、しかも言語的自己報告が利用される。これは無意識的プロセスの探究を妨げるばかりか、信頼性の問題もある。著者の処理アプローチは、例えば情動について言えば、情動的意識の探究でなく情動が処理される情報処理ネットワークを問うものだ(p.311-313)。

学習の神経学的メカニズムは、シナプス結合の強化である。シナプス後細胞が樹状突起のAMPA受容体へのグルタミン酸の結合によって発火すると、NMDA受容体のマグネシウムが外れ、カルシウムが流入できる。流入したカルシウムは発生に関与し、AMPA受容体を増やす。これがシナプス結合強化の仕組と説明されている(p.217-221)。本書はこうした化学的プロセスの話をメインとして、様々なテーマに即して書かれている。

自己の探究において著者が重視しているのがワーキングメモリーだ。このワーキングメモリーによって「外界を分類し、異なる刺激や出来事を区別し、即時にものごとを関係づけ、それらの認知的分析の結果を問題解決や意思決定に役立てる能力」(p.293)が可能になる。これには前頭前野の外側領域が発達し、前頭前野内側部や前頭前野腹側部の既存のネットワークとつながることが必要だった。皮質前頭前野は霊長類で発達しており、これは霊長類の高い認知機能に関わっている。ただし、ヒトに特異的なことはこのワーキングメモリーが言語と関連していること。「言語がワーキングメモリーを改良し、それによってヒトの意識を独特なものにした」(p.297)。

情動については著者のメインの研究分野なので記述は多い。情動とはシンプルに、「脳が刺激の価値を定める、または計算するのに用いるプロセスだと定義することができる」(p.308)。情動においては、いまここに存在する物理的刺激についての感覚情報、そのような刺激をともなう過去の経験の記憶、それらの刺激がもたらした現在の情動的な結果という三つの要素をワーキングメモリーが統合する。情動がある場合には、扁桃体が活性化して、ワーキングメモリーに多くの入力がもたらされる。このワーキングメモリーの処理負荷が、特定の主観的経験がもたらす情動経験だ(p.341)。負荷があまりに過大だとワーキングメモリーの処理能力が低下し、パニックになる。ということは、ワーキングメモリーを可能にするような発達した皮質前頭前野を持たない動物は情動経験を持たないということだろうか。意思決定に寄与しない、感覚特異的な感情は受動的な意識状態としてワーキングメモリーを持たない動物にもあると著者は考えているようだ。

残るモチベーションについては研究自体がまだまだのようだ。ひとまず、側坐核と扁桃体の関与が大きいことが述べられている。初期の行動においては側坐核と扁桃体によるモーティブ回路が重要な役割を果たす。しかし学習が終了し、習慣づいてしまえばこれらの関与は減少する(p.365-373)。

こうして知情意という心の三部作を実現する神経学的プロセスを扱った後、それらの変調、つまりシナプスの病気としての精神障害についての記述が続く。どのような物質が症状の悪化・改善に寄与するかという観点から、症状に関係している神経学的プロセスが記述されている。その中では、ストレスについての記述が印象に残る。副腎皮質から分泌されるコルチゾールはストレスホルモンとされ、これが海馬のニューロンからブドウ糖を枯渇させる。その結果、海馬のニューロンはグルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の上昇に過剰反応して傷ついてしまう。海馬の領域のうち、CA3領域での細胞死と、歯状回でのニューロジェネシス(歯状回は成人の脳の中で新しいニューロンの発生が起こる数少ない領域の一つ)の抑制が起こる(p.411-413)。

精神障害では皮質前頭前野・海馬・扁桃体のいずれかの領域に何らかの変化が起こっている。それが意味することは、「この三つの脳領域が、自分が何者であり、どうしてこんなふうなのかを理解するのに決定的に重要だ」(p.437)ということだ。

意識に上らず、意識を支えている神経学的プロセスについて多くのことが知られる本で、興味のあるテーマではとても面白い。研究史の記述もしっかりしているので、関連する専門家にも役立つ本だろう。ただ、細かい話がずっと500ページ弱続くのでなかなか骨の折れる読書になる。
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