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フェルナン・ブローデル『歴史入門』

歴史入門 (中公文庫)歴史入門 (中公文庫)
(2009/11/24)
フェルナン・ブローデル

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邦題にはかなりの違和感がある。原題を訳せば『資本主義を動かすもの(La dynamique du capitalisme)』。この本はブローデルの『物質文明・経済・資本主義』という大著の概要や考え方を簡潔に提示した本だ。話は『物質文明・経済・資本主義』で扱われたトピックに限られており、例えばE.H.カー『歴史とは何か』のように、歴史そのものについて大構えで論じたようなものではない。歴史学の泰斗が学問全体について語ったのかと期待すると肩透かしを食う。

原題から分かるように、この本でブローデルは資本主義が成立する仕組みついて語っている。ブローデルと言えば歴史の流れを短期、中期、長期と分けて考察したことで知られる。これらはその後、出来事événement、複合状況conjoncture、長期持続longue dureéと変容される。この本および『物質文明・経済・資本主義』ではタイトルからも連想されるとおり、物質生活、市場経済、資本主義の三つの概念図式が取り上げられている。とはいえ、これら3つが短期・中期・長期にそれぞれ対応するわけではない。短期の層に当たるものはなくて、物質生活は長期持続、後の二つは複合状況にあたる。

物質生活とは交換経済に入ってこない自給自足の生活のこと。こうした素地の上に市場は成り立ってくる。ブローデルはこの物質生活の層に目を配ることを注意している。市場経済をあまりに重視することへの懸念を述べている。
[...]井戸の中を覗きこんで、底深くたまった水にまで眼をやることが、つまり、市場価格がその表面に達することはあっても、必ずしもその中にまで潜り込み、かきまわすことまではできない物質生活という奥深い領域にまで目をやることが重要なのである。だから、二重帳簿を持たないような経済史、即ち井戸の縁と底にたまった水の両方を見ないような経済史は、ひどく不完全なものとなろう。(p.58)


物質生活の上に成り立つ市場経済は、二階層からなるものとされている。第一階層は市、商店、行商人からなる。第二階層は大市と取引所(p.35)。前者は個々の都市にある市場(いちば)であって、後者はそれらをつなぐ役割を果たす。資本主義を生み出したのは第二階層だ。第一階層はそれぞれの都市の市場のルールに縛られた、公的なマーケットとされている。第一階層の市場はときに活動を束縛するような、透明性と競争を重んじる中にある。市場といっても生産者と消費者は近く、その需要や利益はほぼ予測可能な範囲だ。

こうした市場に商人たちが安穏とするわけもない。遠方の異なる市場とのアービトラージを狙う人々が現れる。それはプライベートなマーケットというか、ブローデルはこれを「反-市場」(p.71)と表現する。遠方の、誰も知らない市場との取引になるわけだから、適正な利益水準は推し量れない。この取引は競争の上手く働かない、不公平な交換となる。そしてこれによって、資本主義を生み出すような膨大な資本が蓄積されていったという見取り図だ(p.70-80)。

第一階層の市場はいわば生命体の毛細血管に当たる。個々のローカルな細胞間の物質のやりとりを行う経路だ。第二階層の市場はより遠方と物質のやりとりを可能にする経路、すなわち動脈や静脈である。例えば、中国では市場は個々の都市に限定され、大市は周縁的なものでしかなかったことが、中国で資本主義が発展しなかった理由だとされている。それと違って、日本では大市が発展した(p.47f)。

ブローデルの考える資本主義の発展モデルを平易に述べた本として興味深い一冊だ。簡潔に読める。ただ、歴史入門というものではない。
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