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フェルナン・ブローデル『地中海〈7〉』

地中海〈7〉 (藤原セレクション)地中海〈7〉 (藤原セレクション)
(1999/06)
フェルナン ブローデル

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文明と、それに対応するものとしての戦争について。この巻は面白い。16世紀の地中海は確かにキリスト教文明とイスラム教文明の衝突の時代だ。その意味では現代にも似たものがある。文明や戦争についてかなり高い視点からの理解を持ちながら、個々のトピックについて論じている。

文明については、他文明に伝播するということと、他文明から借用することがあるという二点が強調されている。文明の借用については、むしろ借用の拒絶ということもある。例えば宗教改革がそれで、地中海文明は北ヨーロッパの借用を拒絶したということだ(p.181-187)。また、オスマン帝国が征服しながらも、同化しなかったブルガリア人も借用の拒絶(p.202-208)。スペインによるモリスコ(キリスト教に改宗したイスラム教徒の子孫)の迫害と追放というケースは長く取り上げられている(p.209-235)。モリスコのケースは人種差別でなく、文明と宗教の差別であるという主張がなされる。

訳者のコメントには文明の定義として、もう一つ文明がある空間を占めることという点が書かれている(p.iv)のだが、ブローデルはユダヤ文明を取り上げて空間性が必ずしも文明に必要なわけではないことを論じている(p.244)。しかもユダヤ文明は特別な事例ではない。国際的な商人となったアルメニア人、インドのパールシス人、アジアのネストリウス派キリスト教徒なども挙げられる。ただ、ユダヤ文明について特徴的なのは、その迫害が経済情勢の悪いときに起こるということで、単なる文明差別ではないということだ(p.271-274)。

先の地中海文明と北ヨーロッパ文明の話でもう一つ、バロックの評価が目を引く。ブローデルによれば、バロックとはカトリック教会が修道会と組んで、プロテスタントに対抗するためにもたらしたものだ。したがって、それは反プロテスタントのプロパガンダ芸術である(p.289f)。だからバロックは何よりもイタリアのものであり、ことにドイツに結びつけるのは誤りだ(p.284f)。

戦争についてはそこまで惹かれた記述は少ないが、戦争と海賊行為の相補性が面白い。大きな戦争の間、小さな戦争としての海賊行為がある。1574年のレパントの海戦を最後に、地中海での大きな戦争は終了する。それ以外の戦争は、北ヨーロッパと大西洋で起こる。では地中海の兵士たちはどこに行ったのかというと、海賊として暗躍した。海賊行為は小さな戦争なのだ(p.388-390)。
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