Entries

藤沢道郎『物語イタリアの歴史』

物語イタリアの歴史―解体から統一まで (中公新書)物語イタリアの歴史―解体から統一まで (中公新書)
(1991/10)
藤沢 道郎

商品詳細を見る

10人の人物を中心として描きながらイタリアの歴史を書いたもの。書かれている時代はローマ帝国が蛮族に蹂躙され分裂していく四世紀末から、イタリアがついに統一される20世紀初頭まで。人物を描いているが、単なる人物略伝ではない。その人物の生きた各時代のイタリアを描き、全体として通史となるように目されている。著者の言うように、これは政治史や文化史に限定されたものではなく、全体的なパースペクティブを描こうとしたものだ(p.327)。

章題になっているのは皇女ガラ・プラキディア(c.390-450)、女伯マティルデ(1046?-1115)、聖者フランチェスコ(1182-1226)、皇帝フェデリーコ(フリードリヒ2世)(1194-1250)、作家ボッカチオ(1313-1375)、銀行家コジモ・デ・メディチ(1389-1464)、彫刻家ミケランジェロ(1475-1564)、国王ヴィットリオ・アメデーオ2世(1666-1732)、司書カサノーヴァ(1725-1798)、作曲家ヴェルディ(1813-1901)。

取り上げた人物とその時代背景がうまく絡みあうように書かれているものはとても面白い。例えばヴェルディの章は、ナポレオンの侵略がもたらしたイタリアの近代化(p.290f)、そして青年イタリア同盟のマッツィーニが大きく描かれる。ヴェルディのオペラも、『ナブッコ』がイタリア統一への熱狂の中で理解されたこと(p.308)、そもそもヴェルディの名前自体が、イタリア統一へ向かうサルディーニャ国王ヴィットリオ・エマヌエーレとのダブルミーニングとされた(Vittorio Emanuelere d'Italia)こと(p.320)として描かれる。

フェデリーコと聖フランチェスコの辺りもよく書けている。イタリア統一に熱心に取り組んだフェデリーコは教皇庁に対抗できる官僚組織を作るべく、知識人を育てるために1224年、ナポリ大学を設立した(p.93)。結局は自治都市の経済力と、修道会を利用して新しい聖人信仰の道徳感情をうまく利用した教皇庁(p.111f)の前にイタリア統一の夢は絶たれる。聖フランチェスコとフェデリーコはまったく対照的な形で、その当時の社会の水準を超絶した存在だという評価も目を引く(p.101)。

また、ルネサンスにおけるフィレンツェとミラノの対抗意識(p.152f)もなるほどと思ったところ。フィレンツェは少なくとも形式的には自由な民主国家で経済力を誇り、共和制ローマに歴史を結びつける。一方、ナポリは君主の独裁国家で軍事力を誇り、帝政ローマに歴史を結びつける。この対抗意識は美術や建築にも及ぶ。フィレンツェ大聖堂の巨大な円蓋と、ミラノ大聖堂の無数の尖塔がそれだ。また、ルネサンスの時代といえば、ペストの流行。ペスト菌の宿主の蚤が寄生するのはクマネズミであり、これはもともとヨーロッパにいない動物だったようだ。十字軍の船に乗って東方からペスト菌を持ってやってきた、なんて話がある(p.131f)。

ヴェネツィアの扱いが小さいという印象を持った。ジャコモ・カサノヴァという不思議な人物とともに18世紀のヴェネツィアが描かれている。ヴェネツィアは何よりも治水事業が大事で、潟に流入する河川の土砂で陸地にならないように、かつ海の侵食によって外海と接続してしまうことも避けなければならない。これが安定した政治体制を要請した(p.261-265)。18世紀のヴェネツィアは文化的に最後の輝きを放つ時期だが、それ以前の海洋国家としての姿がほとんど出てこない。また、オスマン帝国との話もなく、レパントの海戦も出てこないあたりがやや不満を感じる。人物中心に描くとなると、強大なリーダーを持ったわけでもないヴェネツィアは埋もれてしまうのだろうか。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/730-59e60360

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する