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フェルナン・ブローデル『地中海〈10〉』

地中海〈10〉 (藤原セレクション)地中海〈10〉 (藤原セレクション)
(1999/11)
フェルナン ブローデル

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ようやく最終巻にたどり着いた。時間は1577年から1601年、レパントの海戦の後、地中海から大きな戦争が消えていく様を描く。スペインとオスマンの休戦協定を巡る様々な駆け引き。その後、スペインもオスマンもそれぞれ、地中海から視点を外に向ける。

前巻にもあったが、ブローデルはミシュレに抗して、16世紀の曲がり角を聖バルテレミーの虐殺ではなく、1578-1583年のポルトガル戦争に置く(p.72f)。スペインがポルトガルに侵攻し、フェリペ2世がリスボンに居を定めた日から、スペイン帝国は大西洋の岸辺へと決定的に移動する。スペインの政策は地中海を離れ、西方へ傾斜した(p.88f)。一方、オスマン帝国はペルシャとの戦争、そしてハンガリーへ侵攻する。つまりスペインは西(大西洋)、オスマンは東(ペルシャとインド洋)へ目を向ける。ブローデル曰く、「出来事の歴史は、まさにその歴史の本質からして、こうした大規模な揺れ動きを説明することができない」(p.89)。

1580-89年の地中海は平和で何も起こらない。ところが、1589年に静寂は破られる。オスマン帝国の支配領域において、コンスタンティノープルとトリポリでマラブーが反乱を起こす。オスマンは反乱に対処するために地中海に戻ってくる。1589年からオスマンとペルシャの和平交渉が始まり、オスマンは再び地中海を向く。しかしオスマンの艦隊はすでに解体しており、以前のような強大さは復活しない(p.158f)。1593年を境に地中海での大戦争と大政策の夢がよみがえってくる。キリスト教国は再びオスマンを恐れ、かの戦争がまた始まるのではないかと危惧する。オスマン側も様々な手を使って、キリスト教国側に脅しをかける。しかしこれらは影絵に過ぎず、実際は何も起こらない(p.165)。オスマンは財政危機に見舞われているし、絶えない裏工作が戦争を細切れにする(p.94)。

出来事の歴史と並行して、持続の違う歴史を描いたこと。三つの異なる持続によって、全体史を描いたこと。これがブローデルの革新だった。長期持続は、同時代のフランスの思想家たち、レヴィ=ストロース、ブルデュー、フーコーなどの構造主義的流れと関係している。とはいえ、ブローデルは歴史家だ。長期持続は長期的ではあるが、動的なものだ。これも知られた文章だが、第二版の最後のパラグラフを引いておく。
だから、一人の人間の前に経つと、私はいつも、ある運命とある風景のなかに閉じ込められているこの人の姿を見たいという衝動に駆られる。運命はこの人の意志とはほとんど関係なくできあがっており、風景はこの人の後ろに、また前に、「長期持続」という無限のパースペクティヴを描き出している。私が自分の全責任において、見ようとしている歴史的な説明のなかで、最終的に勝ちを収めるのは、つねに長期の時間である。長期の時間は無数の出来事を否定する。自分自身の流れに引きこむことのできない出来事をすべて否定し、容赦なくすべての出来事を遠ざける。その意味で、長期の時間はたしかに人間の自由と偶然そのものの余地を制限する。出来事にほとんど頓着せず、同じ兆候を帯びた出来事の集合である変動局面には半分しか頓着しない私は、気質から言えば、「構造主義者」である。だが、歴史家の「構造主義」は、他の人間諸科学を苦しめている問題群、構造という同じ名前で呼ばれる問題群とは、何の関わりもない。この歴史家の構造主義は、もろもろの関係が関数として表現される数学的な抽象化の方向へ歴史家を導くことはない。歴史家は、生活のなかで最も具体的で、最も日常的で、最も不滅であるもの、最も匿名の人間に関わるもの、そのような生の源泉そのものへと向かっていくのである。(p.194)
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