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河島英昭『ローマ散策』

ローマ散策 (岩波新書)
ローマという都市について。特にその構造と歴史についてエッセイの形で書かれている。ローマで暮らした著者自身の体験や、ローマに惹かれた明治期の日本人の話も絡められている。ローマを散策するにあたって、そもそもどういう構造でできている都市なのかを知るによい。

ローマは7つの丘の上に築かれている。元老院宮殿があり、ローマの心臓部とも言えるミケランジェロの設計によるカンピドッリオの丘を中心として、時計とは逆回りにパラティーノ、アヴェンティーノ、チェーリオ、エスクィリーノ、ヴィミナーレ、クィリナーレがある(p.26)。そしてこれらの丘を囲むようにして古代ローマの城壁は建てられていた。

本書で印象的なのはローマ教皇シクストゥス5世(1520-1590)の都市計画だ。城壁の外と城壁内すれすれに6つの大聖堂を整備した。そして城壁内の中心、7つの丘の最も高い地点にある聖母マリア・マッジョーレ大聖堂を中核に据えた。ヨーロッパ中からやってくる巡礼者の目印としてオベリスクを建築。また、四つのイズムの交差点を中心として、いくつかの通りを開き、見通しの良い道路整備を行った(p.86-96)。現在のローマの骨格はシクストゥス5世の計画に拠っている。

ローマに14本あるというオベリスク(p.99-101)については、あまり注目したことがなかったので面白かった。古代ローマにおいては異民族との戦争の勝利の証であったオベリスクは、これまたシクストゥス5世によりその意味を変える。その意味は二つ、つまり古代の再生(ルネサンス)と、「元来は異教徒の世界に属した古代の脅威であるオベリスクを、新たにキリスト教世界の秩序に組み込む」(p.121f)という対抗宗教改革の一環だ。そしてまた、巡礼者の喉の渇きを癒やす場として、古代ローマの水道を復活させ、数々の噴水からなる水道計画を完成させたのもシクストゥス5世だった。後半は森鴎外の訳したアンデルセンの『即興詩人』、またそれに影響された明治期の日本人の話が続くが、私にはやや筋から外れているように見えるし、文学の話はあまり面白くない。

こうしてシクストゥス5世の計画により築かれたローマが、統一国家イタリア王国の首都として、またファシズム政権の威容を示すために破壊されていく様がずっと知りたいところだ。それは道路拡張のため破壊され、ほんの一部だけ残った、テーヴェレ河にかかるポンテ・ロット(壊れた橋)であるし、「北伊ブレッシャ産の大理石が<<永遠の都>>の伝統的な異色彩感覚には不釣り合いで、威圧的な空間を生みだしてしまった」(p.235)巨大なヴィットーリオ・エマヌエーレ2世記念堂だ。古きローマを貫いて作られた強引な大通りは、その目的が政治のためであることがヴィットーリオ・エマヌエーレ大通りという名称に端的に現れている。確かに、ヴェネツィア広場の周辺は突然開けた感じであり、異様さが分かる。そしてまた、ファシズム政権と教皇庁の和解を記念して築かれた、聖ピエトロ広場へ一直線に続くコンチリアツィオーネ大通りも、古きローマの破壊の一つだ(p.240-244)。

3000年におよぶ都市ローマがどのような構造をしていて、その背景にある歴史をたどるにはよい本だろう。もちろん、語られていることはローマのほんの一部に過ぎないが、全体像をつかむことができる。

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