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中村元『日本人の思惟方法』

日本人の思惟方法〈普及版〉
タイトル通り、日本人の思惟方法について書かれた一冊。著者は原始仏教やインド哲学の大家。日本人の思惟方法について書かれた本はいろいろとある。この本のユニークなのは、仏教受容からその独自性を探っていること。もともとの仏教思想、中国での受容を経て日本で仏教が受容されるわけだが、その過程で変容したり、採用されなかったものもある。日本で何が変容され受容されなかったのかを探ることにより、日本人の思考パターンをあぶり出そうとしている。

著者は日本人の思惟方法といっても「なにか固定的な実体があるわけではない」(p.474)と自覚している。とはいえ、本書は歴史的な発展や変化を扱ってはいない。奈良時代における仏教の最初の受容から、鎌倉仏教、江戸時代の朱子学受容、国学に至るまで、特に差異無く扱っているように見える。

また一つ注意すべき点はこの本の書かれた時代的文脈であろう。戦時中から着想を得て、戦後に渡って書き継がれた本書は、背景として太平洋戦争期におけるナショナリズムへの反省を持っているように見える。日本の仏教受容はインドや中国に比べて発展というよりむしろ退化ではないかという視点(p.11)などを初め、優位性ではなく独自性として日本人の思考パターンを評価する慎重な姿勢を表している。例えば、そうした姿勢は次の文章に表れている。
天皇崇拝の宗教形式は、単に皇室の主観的・恣意的意図に出たものだとはいいえない。そうではなくて、日本民族の奥底に存する根強い動向によって、ある時代から異常なすがたをとってあらわれたのである。そうして潜在的に存するこの思惟傾向が、仏教の受容形態を顕著に規定していることは、すでに述べたとおりである。このような傾向はインドやシナの宗教にはほとんど存在しなかった。だから現人神崇拝の信仰洋式は、単に東洋社会的な諸条件だけに制約されて成立したもののではない。また単に「封建的」というレッテルを貼るだけではすまされない複雑な問題がひそんでいる。(p.272)


日本人の思惟方法で鍵となるのは、まずもって現象即実在論であろう。著者によれば、日本人の根本傾向の一つとして、超越的絶対者を拒否し、現象をそのまま絶対視する現象即実在論の立場がある(p.13-15)。現実をそのまま肯定し、ありのままを受け入れる姿勢である。それは、インドほど気候が苛烈ではなく、自然が人間にとって優しいという日本の気候を背景にしている。超絶的な絶対者を提示する一神教が基本的に砂漠の宗教であることを考えると、これはそれなりの説得力があるだろう。こうした自然を愛好する態度が日本人の現象即実在論の背景にある(p.25-32)。日本人は元来、現世中心的で楽天主義的である。したがって、奈良時代に伝来した仏教のうちでも、特に小乗仏教に見られるような現世を穢土不浄とする思想は日本人に根付かなかったのだ(p.49)。歴史を通じて仏教界に見られる性愛や飲酒、肉食の肯定も単なる堕落というよりは、日本人の現象即実在論と見るべきだし(p.67)、和魂洋才、異文化の容易な受容もこうした現れである。ただしもちろん、日本人の現象即実在論は便宜主義的で非論理的な態度をも生んでいることを忘れてはならない(p.107-111)。

もう一つ取り上げておきたい日本人の思惟方法は、人間結合組織、すなわち人間関係の重視だ。地縁や血縁などから構成される身近な集団への帰属意識の高さである。著者の見るところ、これは農業労働の必要性から来ている。国土も狭く、川が急峻な日本ではインドより耕作や水利に協同を必要とした。それが人間関係の重視を生んでいる(p.364f)。とはいえ、自分にはそれは農業における協同の必要性というより、国土が狭いために人間関係が狭く、したがって長期的関係を重要視するようになるゲーム理論的な意味が強いと思う。国土が広い場合には、一度会ったり人とうまくいかなくとも問題はないが、国土が狭い場合には同じ人でなくともその知り合いと会う可能性が高い。したがって一度きりのゼロサムゲームではなく、長期的ゲームを行うようになるだろう。

ともあれ、こうした人間関係の重視を著者は主に言語構造において見ている。例えば敬語の発達と主語の非表示に、人間関係を重視するあまり独立した個人への自覚が明瞭でない姿を見る(p.124-126)。有限で特殊な人間結合組織としての家、主従関係、仲間、国家、天皇を重視し、普遍的な法への顧慮が乏しい。これは日本人の前近代性、封建性、資本主義の未発達の問題でなく、精神的習性である(p.282-284)。この点では、インド版忠臣蔵との比較が面白い。インドでは復讐のため家臣たちが死ぬことはないのだ(p.208-211)。

国家については、太平洋戦争への反省を踏まえ厳しい記述が続く。国家至上主義を産んだのは有限で特殊な人間結合組織の重視であって、これは明治維新以後の特定の時期に現れるものではない(p.181)。鎮護国家という発想がまさに仏教も国家に服することであり、これは初期の仏教教団が妥協し迎合したことではない。仏教はそもそも国家を守護するものとして受け入れられたのである(p.190-199)。なぜなら、仏教はそもそも出家を説き人間結合組織を破壊するものだ。こうした点は中国でも儒教側から非難された。日本では仏教受容に際しては、大乗仏教を採用して世俗的生活における真理を強調する方向となった。聖徳太子の三経義疏で取り上げられた経論にも、そもそもそうしたバイアスがかかっている。浄土を強調する浄土教でも在家生活のままで救われると説いている(p.298-307)。

最後に一つ取り上げたい論点は日本人の思惟方法における非論理性。因明という、平安末期から鎌倉中期にかけて奈良地域で発達した仏教の論理学が取り上げられている。これは世界でも類を見ない先進的な議論だった。だが日本では論理学というよりは弁論術として発展し、中国の因明の訓詁学の性格が強かった。また、護教論的で秘伝的だった。何よりも知識批判の問題を扱っていない。これらの捉え方も日本人の非論理性を示している(p.392-402)。他にも、江戸時代の和算がパズル解きに終わり、産業に結びつかなかった点なども挙げることができるだろうか。ただし、非論理性に関する論説はやや成功しているとは言いがたい。それは、中国仏教がインド仏教の論理性を保持しなかったから、仏教受容においては取り出せないことによる。著者は代わりに、非論理性の指摘においては言語の構造に依存せざるをえない(p.384, 452)。ここに方法論的限界を見て取れる。
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