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佐藤弘夫『鎌倉仏教』

鎌倉仏教 (レグルス文庫)
鎌倉仏教について書かれた素晴らしい入門書。扱われているのは、法然、親鸞、日蓮、道元である。本書の特徴は、これら仏教者の思想のみならず、なぜそれが民衆に受け入れられたのかという視点から語っていることにある。鎌倉仏教はどのような時代背景で生まれ、何を民衆にもたらしたのか。なぜならば、「祖師の思想はいかに立派なものであっても、それ自体では何の意味もない。それは、名もなき人びとに受容され彼らの心に希望の灯をともして、はじめて宗教としての生命が吹き込まれる」(p.18)のであるから。

比較的、法然と日蓮に比重が大きいように思える。法然の浄土宗の特徴といえば、専修念仏であろう。浄土宗は専修念仏を掲げることにより、それまで数々の経典や儀礼に囲まれていた仏教を民衆に開かれたものにした。ところが、専修念仏は別に法然が言い出したものではない。専修念仏は民衆の実践にも、仏教者の理論にも法然以前にあると著者は指摘する。実践では実践では空也や数々の往生伝があるし、理論では院政期の奈良に永観、珍海らの見解がある。

また仏教の民衆への普及も、法然に始まったものではない。著者は勧請聖の活動に、民衆への仏教の普及を見ている。律令国家は9世紀頃から次第に衰退し、支配力を失っていくなかで、それまで国家からの財政支出に頼っていた官寺は財政難に直面する。その解決策の一つが勧進聖であり、広く民衆から寄付を集めるこの活動は、仏教を広く庶民の間に広めていくことになったのだ(p.60-63, 220-222)。

法然の独自性は何よりも、念仏以外の行は本願ではないから無意味だと経典を強引に解釈したところにある(p.74-80, 132-136)。出家を始めとする修行や、寺社に対する寄付などの行為を否定し、念仏のみが浄土へ導き、人びとを救う。法然のこうした革新の背景を、著者は旧仏教の権力体制への批判と見る。つまり、旧仏教は念仏によって民衆にまで救済を広げつつも、念仏は身分の低いものがする方便だとされていた。伝統的教行による悟りの開けを目指す聖道門が、来世における浄土への生まれ変わりを求める浄土門より高いという位置づけ。念仏は、無学の徒がなすものだった。ここには、民衆を見下す差別意識がある。ここに法然は疑念を抱いた(p.86-92)。つまり、「法然らが直面した課題は「民衆仏教」の創出ではなく、信徒への蔑視を孕んだ旧仏教的な「民衆仏教」の克服だったのである」(p.111)。

鎌倉仏教が当時も、そして現代も訴えかけるものを持つのは、「彼らが当時の教学の常識より、自分の宗教的信念の方を大事にしたからである」。この信念とは「すべての人々に平等の救済を与えることこそが仏教の原点であるという確信」であった(p.136)。既存の権力構造を批判する視点、というよりも(すべての人々を平等とする点で)ありうる権力構造から離れた視点は、いきおい一神教的絶対神へ近づくことは理解できる。鎌倉仏教、特に親鸞・日蓮にこうした仏の絶対化のモチーフが見られ、それは本書でも指摘されている。道元についてはあまりこうした指摘は聞かない。それは禅宗は基本的に人間の内部に仏を求め、外部に求めないからである。しかし本書では道元も法を超越的規範とすることにより、道元も同じ地平にいるのだと指摘している。つまり、王法より仏法である(p.130-132)。

本書の後半部分は、こうした鎌倉仏教の批判に対する既存権力の巻き戻しと、それに対する二つの方向である。つまり、鎌倉仏教に対する弾圧と、それに対して妥協する方向としない方向である。鎌倉仏教の多くの流れは前者の対応を取った。つまり、念仏(日蓮宗では題目)のみが救われる道として、他の行を否定する選択主義を捨て、他の行はそれとして認め共存した。元々、法然・親鸞・日蓮ともに、他の宗派や行への過度な批判・否定をしないよう呼びかけていた。こうして旧仏教と共存した鎌倉仏教の宗派は、そのことにより権力層への普及も可能となった(p.149-162)。

本書が面白いのは、後者のあくまで選択主義にこだわった人たちを描いていることだ。こうした人たちは、他の行への過度な否定を戒めた祖師たちの言葉を理解しなかったと評価されがちだが、著者はそこに自主性と主体性を見て取る。選択主義を突き詰めた民衆たちは、既存権力の抑圧に対抗するために動いていたのだ。寺院の荘園体制における支配は、年貢の取り立てのような政治権力が宗教的タームによって補足されていた。寺院の支配に服しない人は救われないといったように。選択主義は、このような既存権力を否定する視点、対抗イデオロギーを提供する。選択主義の民衆たちは、単なる無学無知ではなく自覚的な選択なのである(p.169-188, 207f, 223f)。

農村に惣という自治の仕組みが成立してくる室町時代、戦国時代なら一向一揆として形を得るが、鎌倉時代におけるこうした民衆の対抗イデオロギーは悲惨な結果しか生まない。著者は熱原の法難(1279年)という日蓮宗信徒への弾圧例をオマージュとして取り上げている。

本書は、既存権力の差別意識への怒りと、対抗イデオロギーとして鎌倉仏教を描いている。この叙述が現代の側では大学闘争と重ね合わされ、その潮流の中で執筆されていることには一定の注意が必要だろう。しかしながら宗教を生きた姿において捉えようとする著者の姿勢はその通りであるし、そうした熱が本書を印象深いものにしている。
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