Entries

エリック・リース『リーンスタートアップ』


つまりリーン・スタートアップとは、サイクルタイムの短縮と顧客に対する洞察、大いなるビジョン、大望とさまざまなポイントに等しく気を配りながら、「検証による学び」を通じて画期的な新製品を開発する方法なのである。(p.31)

リーン・スタートアップについてのバイブルで、実に素晴らしい本だ。現場の知識が盛り込まれている。経営の実践から培われた事柄が、事例を豊富に交えながら書いてある。それでいてとても読みやすい。

いかに短期間で新しい物事を立ち上げていくか。それを支える方法論、実際に上手く行っているかをチェックする評価基準、あるべき組織。検証による学びとは、商品やサービスを早く・速く顧客に提示してフィードバックを受け、改善を行うこと。現実の顧客から集めた実測データを基礎となる。スタートアップでは、何をどれだけ作ったかは生産性の評価基準ではない。検証による学びをどれだけ多く得たかである(p.71-74)。

とはいえ、やみくもにどんどん開発すればよいのではない。著者はリーン・スタートアップは科学実験に類比させている(p.81)。ポイントは、検証は仮説があってこそだということだ。検証結果から何を学べるかは、いかなる仮説を構築していたかによる。良い仮説であれば、たとえ実験で反証されたとしても価値が高い。ただし仮説にもいろいろあって、重要なのは挑戦の要(leap-of-faith)となる仮説だ(p.106f, 265)。これはビジネスを展開する上で、根本的な(それゆえ自覚しにくい)仮説として置かれているもの。挑戦の要となる仮説は特に二つの視点で作られる。価値仮説と成長仮説だ(p.87)。価値仮説は商品が顧客に云々の価値を提供するはずだというもの。成長仮説は商品の価値が認められた結果、云々の仕方で商品を利用する人が広まっていくはずだ、というもの。これらの仮説を持って、アーリーアダプターに実用最小限の製品(Minimum Viable Product; MVP)を提示すべきである(p.128-132)。 そして、構築-計測-学習のループを速く回すことに専念すること(p.106)。

面白いポイントとして、MVPを提示することは単に製品を作りこんで品質を高めていく時間がもったいないということではない。品質とは製品そのものだけで決まるのではなく、使う人によって決まる。どう使われるかによって、製品のどういった性質を高めていかなければいけないかが変わる。したがって、顧客が見えていない初期段階では、そもそも何が品質なのか分からないのだ(p.146-149)。

この本の一つの特徴は、VC側の視点も持っていることだ。スタートアップは事業の不確実性が非常に高いため、一般的な管理会計では予測や目標の立てようがない(p.157)。評価基準を普通の会社とは違うものにしなければならない。著者はこの評価基準を革新会計innovation accountと呼んでいる。会計という訳が良くないが、accountとは企業がどのような状態にあるのかの報告、記述のことだ。革新会計が使われる場面は3つ。ベースラインの設定、エンジンのチューニング、ピボットの判断。まずは仮説を構築してそれによりベースラインを設定する。次にそのベースラインを基準としながら、様々なKPIを参照しつつ成長エンジンのチューニングを行う。そしてうまくいかなかった(仮説が反証された)場合にピボット(方向転換)を行うか判断する(p.160-164)。

スタートアップがその状態を把握する評価基準では、虚栄の評価基準に嵌らないように警告されている。実態を表していない虚栄の評価基準から行動につながる評価基準へ移行すること。行動につながる評価基準の性質として、行動しやすさ、わかりやすさ、チェックしやすさがある(p.174-176, 192-199)。例えば、総売上高の推移よりも、リピート率などの方が良い。これは、評価尺度の実体は人だから、総数ではなく人の動きを示すコホート型の分析が最高ということだ(p.194f)。ちなみによい評価基準の性質としては、SMART(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)がよく言われる。一見するとSMART書かれているでも良いように見える。だとするとあまりスタートアップに限った話ではないだろう。ともあれ、スタートアップというと起業のアイデアや革新的ビジネスモデルが注目される。しかしそうしたものの寄与はせいぜい5%くらいであって、残りの95%は革新会計で逐次チェックし改善していくような作業なのだ(p.199)。

成長エンジンのチューニングにおけるKPIについてはそこまで詳細に書かれていない。しかしKPI設計は、サイクルを速く回そうとするスタートアップには核となるだろう。スタートアップの成長の仕方が3つのタイプに分けられていて、それぞれで適切なKPIを設定することが書かれている(p.274-285)。顧客にできるだけ長く繰り返し利用されることがポイントとなる粘着型(sticky)では、離反率がKPIとなる。人から人へ広まっていくことがポイントとなるウィルス型(viral)では、一人から伝搬する係数がKPIだ。顧客あたりの売上をいかに延ばすかがポイントとなる支出型(paid)では、顧客の生涯価値や顧客獲得単価がKPIとなる。

ピボットは一読して分かる通り、非常に難しい。それは製品、ビジネスモデル、成長エンジンの新たな策定である。ピボットこそリーン・スタートアップ方式の肝だ(p.237)。ピボットを適切な時期にいかに適切に行うか。既存の資産をすべて捨ててしまうのではなく、再利用する形でピボットして行けるか(p.226)。これこそ確かに核心的な部分だろう。

リーン・スタートアップのポイントとは、十分な調査にもとづく計画を信じるという一般的な総括マネジメント手法の常識を乗り越えることである(p.101)。それが必要となるのは、必ずしも起業したベンチャーに限らない。社内イノベーターも起業家なのだ(p.36-41)。そもそもリーン・スタートアップは、起業かどうか、ビジネスかどうかに関わらず、不確実性の高い事柄を始める手法として広く使えるものだ。
スポンサーサイト
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
http://exphenomenologist.blog100.fc2.com/tb.php/811-9a665c21

トラックバック

コメント

コメントの投稿

コメントの投稿
管理者にだけ表示を許可する